2019年11月9日配信<0510archives>「稀代の仕事師・許永中氏の自叙伝出版に合わせたように晩節を汚す元住友銀行・國重惇史氏の“悲劇”!!」<事件>

「日本一の仕事師」という異名を取ったこともある許永中の自叙伝『海峡に立つ 泥と血の我が半生』(小学館)が、8月28日に上梓され、好調な売れ行きを見せている。
コーポレートガバナンス(企業統治)とコンプラインス(法令遵守)を重視する世相は、企業社会からグレーゾーンの反社会的勢力を排除したが、建前ばかりの清廉な経営からは人間臭いドラマは生まれず、許が体現した貧困と差別から己の才覚と腕力でのし上がっていく過程は、読者を魅了する。
「イトマン」という老舗商社の内紛にかこつけて、伊藤寿永光というもう1人の事件屋を表に立て、暴力団社会との接点が色濃い自分は裏に回り、「イトマン」から「伊藤プロジェクト」に3000億円を流し込み、そのメインバンクの旧住友銀行にまで駆け上がろうとする姿には、戦慄すべき凄みがある。
イトマン社長と担当専務、西武百貨店幹部と絵画担当課長、「住銀の帝王」と呼ばれた磯田一郎会長とその娘、画廊フィクサー・福本邦雄と竹下登の女婿…。
いずれも許と伊藤が“手玉”に取った。
ふたりとも、頭の回転の早さと弁舌の巧みさは抜群で、相手の望むものを与えて取り込む籠絡のテクニックを持ち、誰もが、気が付くと2人の術中に嵌まっていた。
「型に嵌まる」と抜け出すのは容易ではないし、当事者にとっては地獄である。
だが、経済ドラマの読み手、観客としてはこれほど面白い世界はない。
バブル期の物語が、暴力団を含むグレーゾーン領域を活写するものとして人気が高いのは、「白」と「黒」にハッキリ分けた平成の中期以降、人間ドラマが面白みのない法律と弁護士に奪われるようになったからだ。
許の自叙伝は、仕事師にならざるを得なかった男の一代記だが、その発売直後の8月30日、イトマン事件で許に対峙した男のフェイスブック(FB)が、驚愕の内容で関係者の注目を集めた。
「僕は完治しない難病に罹患しています。今は車椅子ですが、寝たきりになる前に過去を懺悔して、いつか天国に昇りたいです」
こんな書き出しで始まる文書を書いたのは、現在、都下の老人施設で療養生活を送る國重惇史である。
昭和20年生まれで学年は許のひとつ上。だが、経歴は真逆で東大経済学部を卒業して住友銀行に入行、旧大蔵省を担当するMOF担として名を売り、取締役東京支配人を経て子会社副社長。その後、三木谷浩史に乞われて「樂天」に転じ、「樂天証券」、「樂天銀行」など金融部門を統括した。
住銀エリートが、「イトマン」の異常事態に気付いたのは、約1兆3000億円の資産のうち約6000億円が固定化、金利負担が重くのしかかっていたからで、90年3月、「バブルを謳歌している日常の裏で、恐ろしい出来事が起きている」という直感のもと、「イトマン」に関し、詳細なメモを取り始める。
そこから始まった戦いは、大蔵省銀行局長への内部告発となり、その文書がメディアに流出したことでイトマン事件が周知のものとなる。
國重は、日経新聞記者などの協力を得て、住銀に防御体制を敷くとともに、事件化への道筋をつけた。
その過程を綴った膨大なメモをもとに、16年10月に著わしたのが『住友銀行秘史』(講談社)である。
同書は13万部を超えるベストセラーとなったが、「秘史」は住銀関係者にとっては、文字通り“秘す”べきものであり、國重は住銀のみならず金融界での立ち位置を失った。
ただ、それは樂天を退職後、東証2部に上場する「リミックスポイント」の社長に就任した頃から始まっていた。
樂天退任は数々の女性スキャンダルが発覚した結果だったし、「リミックスポイント」は金融界では評判の良くない松浦大助グループと目されていた。
パーキンソン病に似た難病に罹患、リミックス社を退任してからは、松浦グループに面倒を見てもらう状況だったが、病気の進行は体の自由を完全に奪い、一方で過去の女性との金銭トラブルは解決せず、それがリミックス株で行なった不正行為の数々をFBで暴露するという開き直りにつながった。
俺の口を塞ぎたければ、俺の面倒を見ろー−。國重の気持ちを代弁すれば、こんなところだろうか。
許の健在を示す自叙伝の出版と國重の零落を物語るFBでの告発。――イトマン事件から27年が経過、同時代を生きた2人は、さながらドラマのような好対照を見せている。(文中敬称略)【寅】
- 2019.11.05 Tuesday
- 事件
- 07:54
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- by polestar0510































































