2017年5月20日配信「5月末の改正個人情報保護法などどこ吹く風で貪欲に稼ぎまくるアドテク業者たち」<事件>


盛況の第1回Web&デジタルマーケティングEXPO


 

 「マイクロターゲティング」「ONE TO ONE」とは、広告業界の言葉で、年齢、性別、趣味嗜好に合わせた広告を打つことを意味する。

 テレビ、新聞、雑誌などの従来型広告が、幅広い視聴者・読者に向けたイメージ広告であるのに対し、ネット広告は、誰が、どの機器を使って、どんなサイトを見ているかが、ある程度、把握できるために、個人へ向けたターゲティング広告を打つことができる。

 このネット広告の環境が、パソコンからスマホへの情報・通信ツールの進歩と、ビックデータといわれる莫大な量の情報の蓄積、それを整理して必要なものを取り出せる人工知能の進化、広告主と媒体を取り結ぶアドテクノロジー(アドテク)の超速の進歩によって、ネット利用者の欲望や関心を早取りして効果的な広告を打てるようになった。

 温泉へ行きたいと思えば、望む地方のお手頃価格の広告が現れ、ミュージカルや演劇を休日に楽しもうと思えば、希望に沿ったチケット情報が表示され、お腹が空けば宅配のピザや寿司、休日の午後にポッカリとした時間があれば自宅近辺で行われているイベントを紹介してくれる。

 うざいと感じたり、プライバシーを覗かれているようで不快感を持つ層もあるが、属性特定によって、それもやがては取り除けるようなネット広告環境になると言われており、急成長しているネット広告が、現在トップのテレビCMを追い抜くのは時間の問題だ。

 そんなネット広告の「今」を伝える「第11回Web&デジタルマーケティングEXPO」(5月10日〜12日)イベントが、東京ビッグサイトで開かれた。

 同時にビッグデータ活用展、クラウドコンピューティングEXPO、通販ソリューション展、IoT/M2M展、情報セキュリティEXPOなども開かれているから、ITが人と企業を今後、どのように変えていくかを指し示す祭典だった。

 昨日の技術が今日は陳腐化、今日のデータ蓄積量が明日は10倍になるIT分野の進化は、個人を驚く程の細かさで特定。それが前述のようなターゲティング広告につながるのだが、怖いのは個人情報が本人の同意なしにやり取りされることだ。

 否、「同意なし」というのは正確ではなく、そんな形で使われるとは思わなくて「同意」したものが、いいように加工され、使用されることになる。

 ネット利用で欠かせないのがログイン情報で、グーグル、ヤフーなどの検索エンジン、アマゾンのような通販、フェイスブック、ツイッター、ラインのようなSNSを利用しようと思えば、必ず住所、氏名、年齢などの個人情報を書き込むわけで、その情報を、業者が利用することに「同意」を求められた時、サービスに進むためにクリックする。

 この情報が、次々に積み重ねられ、人物像が友人、知人の存在とともに明らかになっていく。

例えばフェイスブックなら、訪問履歴や友人知人への「いいね!」クリックによって、肌の色、思想信条、支持政党までが推定されるようになり、それはビッグデータに保管される。

 瞬時に個人を層として捉えるアドテクは、例えば「田園調布駅半径300メートル以内のピザ好きな20代男性」に向けて、ボリュームある新製品のネット広告を配信することができる。

 怖いのは、個人情報保護法が改正を重ねられて厳しくなり、5月末施行の抜本改正で、個人情報法の漏洩はほぼ許されなくなっているのに、ネット広告業者は「同意」を得ていることと住所と氏名の特定は行わず、「層」として分類していることを隠れ蓑にしてこの問題をクリア、個人を“丸裸”にして広告を打ち続けていることだ。

 それも含めて「ITの祭典」に溢れる怖さは、グーグルやフェイスブックなどのプラットフォームを持つ業者が、その利用なしに人が暮らせないことをいいことに、情報をかき集め、広告に使うという行為が、他の人工知能、クラウドコンピューティング、ビッグデータなどの利用と重なることで、政治、金融、教育、などにも利用される危険性があることだ。

 既に、トランプ大統領誕生の陰に、フェイスブック情報を利用した「ケンブリッジ・アナリティカ」という選挙対策チームがいたことはよく知られている。

 マイクロターゲティングにより「最後のプッシュでトランプに投票する有権者」を把握、そこに集中して攻勢をかけることで、逆転勝利に導いた。

 個人の属性をそこまで把握すれば、どんな金融商品を誰に販売すれば、どんな親にどんな進学先を勧めれば、といった情報操作を行えるようになり、それを悪用すればどんな犯罪も可能になる。

 しかし、「祭典参加者」にそんな危機感は微塵もなく、出展者たちは個人情報利用のアピールに余念がなかったが、その状況を野放しにしていいかどうかの本格的な論議が、早急に必要であろう。【戌】

 

 

 

 

 

 

 

 


2017年5月16日配信「織田絆誠という“花形スター“が仕掛けた神戸山口組分裂の深層」<事件>

(☚wikipedia)

 

 

 

 神戸山口組が分裂、4月30日、任侠団体山口組が組織され、日本最大の広域暴力団山口組は、2年足らずの間に六代目山口組、神戸山口組、そして任侠団体山口組と三つに分かれた。

 仕掛けたのは、神戸山口組若頭代行で井上邦雄組長の信頼が最も厚いといわれていた織田絆誠氏である。

 50歳という若さを誇り、スリーピースにノーネクタイで頭頂部を少し盛り上げた短髪というスタイルを保ち、全国の神戸山口組を回って、六代目山口組に対する示威活動を指揮する武闘派というイメージを確立、暴力団が久々に生んだ“スター”だった。

 昨年6月には、六代目山口組との“統合”に向けた話し合いに組を代表して出席。話し合いは決裂したが、その際、「(全面降伏の)ポツダム宣言なら呑む。ただし、絶縁したものは切るのが条件」という六代目山口組の要求を呑まず、「織田は退散した」という情報が六代目山口組サイドから流され、織田氏は激怒して西岡研介氏のインタビューに応じ、結果は『山口組分裂「六神抗争」365日の全内幕』(宝島社)に掲載された。

 その時、頭の回転の早さと説得力の高さをいかんなく発揮。「六代目が引退して総裁に付き、井上組長が七代目」となるか、「六代目体制はそのままで井上組長を若頭」とするかの二者択一を迫った、という“裏話”を外連味なく語って、リーダーとしての素養を見せつけた。

 六代目側と神戸側の主張は大きく異なるが、六代目側が匿名情報として流されたのに対し、神戸側は織田氏が実名で登場、こちらの説得力の方があった。

 初代倉本組で20代の時から若頭補佐を務めるなど、早くから関西の暴力団社会では名を売っており、波谷組との抗争で長期服役も経験。02年、井上組長が会長に就いていた山口組山健組健竜会に所属。ここでも順調に出世、井上組長が山健組を四代目として継承すると若頭補佐を務めた。

 そういう意味では、関西の山口組のなかでは名の売れた存在だったが、全国区となったのは、前述のように、分裂以降、若頭代行として組織の引き締めと交渉事を一手に引き受けるようになってからである。

 任侠団体山口組を結成した4月30日、同組は異例の記者会見を開き、ゞ眩の吸い上げ、井上組長の出身団体のひいき、0羮總板垢進言諫言を聞かないこと、の三つを離脱理由としてあげた。

 「カネとポスト」が喧嘩の原因となるのは暴力団社会の常だが、それを正直に語ったことになる。

 この会見を仕切ったのは四代目真鍋組の池田幸治組長で織田氏は出席をしなかったが、任侠団体山口組の代表が織田氏で本部長が池田氏という組織構成も合わせて公表された。

 神戸山口組からの主な離脱は2名で、残りは山健組から引き抜いた組長たち。だが、30数組織でスタートしたものの、早くも離脱者が続出。任侠団体山口組は、想像以上に小規模での出発となった。

 この離反劇で明らかになったのは、壊れ始めていた暴力団秩序が、もはや修復不能の状態に達していることだ。

 一度、盃を交わして親と子の誓いを立てたら、それをどこまでも守る。――これまで明らかになっている織田氏の言動は、「掟と行動原則に忠実な暴力団幹部」というものだった。

 ところが今回は、奇妙にねじれている。

 暴力団社会の盃がもたらす約束事を最初に捨て、「逆盃」を厭わなかったのは神戸山口組である。

 その一員で右代表といっていい存在の織田氏が、今度は自ら親子の縁を切って、親を批判した。

 「逆盃」の「逆盃」――「任侠団体山口組」という呼称は、原点に帰るという意思表示なのだが、そうなると六代目山口組への帰還を意味するのか。

 今、神戸山口組から流れてくるのは、「織田は弘道会から何億円もらった。池田は借金をチャラにしてもらうのが、神戸山口組を出る条件だった」といったカネ絡みで今回の離反を説明するものばかりだが、これは中心メンバーの2人を貶めて切り崩しを図ろうとする作戦だろう。

 一方、織田氏は、9月8日発売の『週刊現代』で溝口敦氏のインタビューに応じ、「神戸山口組離脱の理由」を語っている。

 今回も、西岡氏のインタビューの時と同様、たっぷりと語り、話は「新しい暴力団組織の在り方」にまで及んで、織田氏の頭の回転の早さを改めて印象づけた。

 ただ、盃の重さに最も忠実だったハズの織田氏が、新たな盃事はせず、代表にとどまって、月10万円の会費を徴収、横で連帯するという任侠団体山口組の姿が、どうしてもイメージできない。

 織田氏がいう「自由人であるチンピラ」を、つなぎ止める鎖が盃であり、その上下関係が理不尽な行動を可能にし、それが表社会を畏怖させ、彼らのシノギにつながったのではなかったか。

 それだけに、神戸山口組が流布させている「織田らはカネで転んだ」という説に、説得力が生まれ、合わせて一部に観測されている「六代目山口組に合流するための一時的な体制」という任侠団体山口組の「在り方」も説得力を持つ。

 「逆盃」の「逆盃」は、元の鞘に納まるという理屈である。

 それも含め、ここ数年、暴力団社会のキーマンとして動いてきた織田氏の動向からは、今後も目が離せない。【卯】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2017年5月1日配信「森友学園経営破綻で籠池泰典前理事長の"標的"は維新の会」<事件>

 
   塚本幼稚園(☚wikipedia)

 

疑惑発覚から2ヶ月強で"ギブアップ"、「森友学園」が経営破綻し、民事再生法に駆け込んだ。

負債総額は約17億円。既に、「瑞穂の國記念小學院」の設置は断念、系列保育園の存続も危ぶまれるなか、「森友学園」は籠池泰典前理事長「保守本流の幼稚園」と自賛していた「塚本幼稚園」単体での再建を目指す。

ただ、籠池前理事長夫妻は経営に口を挟まず、長女の町浪理事長のもと、「天皇国日本」を希求していた“籠池色”は影を潜め、“普通”の幼稚園に近くなる。

念願の小学校設置が目前だった籠池氏にとっては断腸の思いだろう。

そのうえ既に補助金適正化法違反で出されている告発を大阪地検特捜部が受理しており、捜査は始まった。

狙いは「籠池逮捕」を前提とする国策捜査にあるのは明白で、籠池氏が、やり場のない怒りを抱えていても不思議ではない。

その怒りの矛先はどこか。

籠池包囲網は、安倍晋三・昭恵夫人、大阪府、財務省、国土交通省、顧問弁護士など、全員が掌を返したことによって狭まった。

もともと園児に教育勅語をそらんじさせる「塚本幼稚園」の教育方針に批判はあったにせよ、安倍夫妻を始め平沼赳夫、稲田朋美など保守派の政治家には評価されている幼稚園で、橋下徹前大阪府知事による「私立小学校の設置基準緩和」によって念願の小学校設置の道が開けた。

その後、大阪府と財務省の役人の忖度によって本決まりになり、神風が吹いてほとんど自己資金なしに建設工事が9分9厘まで進んで、後は設置認可を待つだけだった。

ところが、2月9日、地元豊中市議の告発受け、『朝日新聞』が「国有地安値払い下げ」を記事化したことで、順風はその何倍もの逆風となって籠池夫妻を襲った。

そこから、マスメディア批判が始まり、恐れをなした安倍夫妻、大阪府、財務省が「反籠池」に回り、もともと脆弱な経営基盤だっただけに、白旗を上げざるを得なかった。

3月23日の証人喚問後、マスコミに対して沈黙を守っている籠池氏だが、怒りを燃やし続けているのが「松井一郎大阪府知事と日本維新の会」だという。

「維新が圧倒的に強い土地柄とはいえ、『森友学園』の小学校建設に関わったのは、ほとんど維新で利権化もしていた。なのに、設置認可を出さずに学園を追い詰め、保育士不足を理由に保育園を存続不能にし、さらに補助金、助成金の不正受給で刑事告発するという。籠池さんが怒る理由もわかる」(籠池氏擁護の保守人脈)

「瑞穂の國記念小學院」の施工業者である「藤原工業」は、維新の会に政治献金する後援企業であり、籠池氏に同社を紹介したのは、維新の会の元府議だった。

また、下請け業者のなかに「三栄建設」が含まれており、同社は維新の会が入居するビルのオーナー企業であり、社長は「経済人・大阪維新の会」の副会長である。

また、森友学園が経営破綻する原因は、顧問弁護士の酒井康生氏が、籠池氏に小学校設置認可の取り下げを進言、それを真に受けた籠池氏が、3月10日、申請を取り下げたことだった。

「その段階で、国有地の国への返却が決まり、校舎が完成すれば、建物を担保に融資するはずの金融機関が手を引きました。すべてが逆回転、なぜ弁護士がそんな進言をしたのか、いまも謎です」(全国紙社会部記者)

酒井弁護士は維新の会の足立康史代議士と昵懇だという。

しかも、校舎施工の前に、掘削などを請け負った「中道組」は、「藤原工業」同様、維新の会を支援、その「中道組」の関係者が酒井弁護士を籠池氏に紹介した。

酒井弁護士は、3月15日、籠池氏が「10日間、身を隠していろ、という財務省幹部の伝言を酒井弁護士から聞いた」と、漏らした途端、それを否定するFAXをマスコミなどに送って、顧問を辞任した。

大阪府の役人は、私学審議会の「森友の資金力で小学校の運営は大丈夫なのか」という懸念を解消、議論をリードする形で「認可相当」に持っていった。

いま、近畿財務局と大阪府で「忖度」を押し付け合っているが、どちらも籠池氏の政治力と安倍夫妻の影を感じて、忖度していたのである。

4月の開校は泡沫の夢どころか、刻々迫るXデー!――「天国と地獄」を見た籠池氏は自分を地獄に突き落とした維新の会に一泡吹かせようと、準備をしているのだという。【戌】


2017年4月18日配信「学園は破産の危機で籠池前理事長には詐欺疑惑?――瑞穂の國記念小學院のまさかの結末!?」<事件>

 
 うたかたの夢?(☚wikipedia)

 

 わずか二ヶ月で天国から地獄を味わったのが、「森友学園」の籠池泰典前理事長である。

 『朝日新聞』が、2月9日、学校用地となった国有地の払い下げ価格が8億円も安くなった点を疑惑として報じて以降、安倍昭恵首相夫人が「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長であったこともあり、政局につながりかねない騒動に発展した。

 沈静化を狙った官邸は、「籠池斬り」に入り、その意を受けた大阪府と財務省は「認可取り下げ」の方向に流れを作って籠池前理事長に断念させ、検察は資金繰りに苦しんで不正受給の多かった「森友学園」と籠池前理事長を立件する方針を固めた。

 それまでの籠池氏は、宿願の小学校認可と4月の開校を控えて得意の絶頂にあった。

 森友学園傘下の塚本幼稚園は、躾に厳しく教育勅語をそらんじさせる「保守の幼稚園」として知られていたが、しょせんは園児であり躾ではあっても教育ではない。

 「瑞穂の國小學院」では、右派集団「日本会議」で創設時から活躍した籠池氏が、64歳にして自分の理想とする教育を行えるハズだった。

 だが、成功は直前に潰えた。

 もちろん、夢を奪ったのは安倍晋三政権である。

 籠池氏は、「安倍晋三記念小学校」という校名にしようとするほど安倍首相に心酔していた。

 国会喚問で籠池氏は、15年9月5日の昭恵夫人の名誉校長就任以来、トントン拍子で開校へ向けて突き進んで行った様子を「神風が吹いた」と、表現した。

 そうさせたのは大阪府、財務省など設立認可とその前提となる小学校用地の払い下げに関わった官僚たちである。

 彼らは、鴻池祥肇、稲田朋美、平沼赳夫議員など中央政界の大物や大阪府議、大阪市議に人脈のある籠池氏の政治力を恐れた。

 そしてなにより、昭恵夫人が名誉校長に就いてからは、小学校の運営に支障が出ないように配慮した。

 それが事件の本質ともいえる「忖度」の中身だった。

 その象徴が、籠池氏の15年10月の手紙だろう。

 要求は三つである。

 第一に定期借地契約を10年から50年にすること、第二に賃料の250万円を半額にすること、第三に産廃除去費用の立替分を早期に支払って欲しいこと――。ムシのいい話ばかりで、夫人付きの谷査恵子氏が、「ご希望には沿えない」という返信をFAXで送るのは当然である。

 だが、ここから役人の忖度が始まる。

 その際たるものが16年3月になって建設用地から廃棄物がさらに出てきた問題である。

 これを機に、籠池氏は土地鑑定価格が安くなることを期待し、交渉に入る。

 すると国交省と財務省の役人が「昭恵夫人が名誉校長の学校の開校に支障があってはならない」と、忖度して8億円を値引きした。

 これによって、第一と第二の要望は叶えられ、第三の要望も16年4月に実行された。

 「ゼロ回答ではなく満額回答」と、野党議員が国会で追求するのは無理もない。

 だが、「神風」が、疑惑発覚以降はとんでもない「逆風」となる。

 忖度は罪ではなく役人の性だが、野党にとっては格好の攻撃材料である。

 まして安倍首相が「一強」のおごりからか、「私か妻が森友学園に関わっていたら議員辞職する」と、タンカを切ったので、国会は森友学園一色となり、籠池氏は証人喚問を受けた。

 こうなると権力の逃げ足は早い。

 官邸は政権維持のため、役所は忖度して認可や価格を捻じ曲げた行状を隠すために、籠池氏と距離を置き、やがて告発の側に回った。

 大阪府は、認可申請の書類に虚偽があったとして偽計業務妨害で訴えると脅し、大阪府と市は補助金、助成金の申請書類にもごまかしが多いとして告発の方針を固めている。

 国交省もまた補助金の不正受給を問題視、返還を求め、森友学園はこれに応じた。

 官邸の意向を受け、告発を受理した大阪地検特捜部の捜査が始まろうとしている。

 資金繰りに苦しんだ籠池氏は、補助金や助成金をできるだけ多く得ようとごまかしを重ねており、特捜部が本気になればどんな立件も可能だ。

 産廃処理費用の中から2000万円を業者にキックバックさせながら、国交省からは満額を受け取っていた問題は、詐欺事件に発展しそうだ。

 施工業者の「藤原工業」からは15億円が未払いだとして訴訟を起こされており、森友学園の存続も危ぶまれている。

 状況は一変した。――破産に逮捕! ――年初、得意の絶頂にあった籠池氏は、奈落の底に突き落とされることになりそうである。【亥】

 

 

 

 


2017年4月7日配信「森友学園騒動に隠された巨大利権官庁化した文部科学省の罪」<事件>

巨大化した利権官庁
(wikipedia)


 森友学園騒動が、ニュース番組はもちろんワイドショーやネットのブログまで席捲していた頃、密かに文部科学省で続けられていたのが違法天下り事件の調査である。

 文科省は、3月末、最終報告書を公表。それによると違法事案は62件に及び、歴代3事務次官を停職相当とし、元人事課長を停職とするなど37名を追加処分とした。それまでの処分者と合わせ43名に達しており、過去最悪の不祥事となった。

 森友学園騒動は、国有地という意味では財務省、国土交通省。幼稚園や保育園、そして小学校の設立認可という意味では大阪府と市が監督官庁で文科省の名が出ることはない。

 だが、認可と補助金が絡むという意味では教育利権を巡る問題であり、問われているのは教育行政であり、教育を利権化する「文科省の罪」ということができる。

 だから「第二の森友」といわれる「加計学園」や「第三の森友」といわれる「国際医療福祉大学」では、国家戦略特区を利用した学校法人による政権(官邸)籠絡の手口が問われている。

 「昭和」の時代には、交通網などのインフラや公共施設等の環境を整備することに力点が置かれたため、予算を消化する旧運輸省や旧建設省が利権官庁として幅をきかせたため、旧文部省は利権にも天下りにも縁のない"三流官庁"と言われ、族議員にしても「文部族」に大物はいなかった。

 が、現在は様変わりである。

 ラグビーワールドカップ、東京オリンピックという世界イベントの日本招致という事情はあるものの、小渕恵三氏の急死を受けて、突如、首相に就任した「三流政治家」で「文部族」の森喜朗氏は、今や、引退しても政界を始め各界に睨みを効かせる大物である。

 ただ、文科省の地位向上が日本の教育環境の向上に伴うものなら、官僚が“おこぼれ”に与ろうとするのもわからないではない。

 しかし現実は、少子化に伴う環境劣化のなか、文科省官僚が利権を手放さずに教育環境を歪めているという最悪のパターンにハマっている。

 今、日本の大学は「2018年問題」を抱えて呻吟している。

 これは、ここ数年、横ばいだった18歳人口が、18年からは減少に転じ、31年には100万人を割って、99万人に落ち込むと予想されている問題だ。

 当然、大学を抱える学校法人は、「18年問題」に向けて縮小均衡に備えるべきだが、事態は逆で、これまで大学数は増え続けている。

 1991年に大学設置基準が緩和され大学数は急増、90年の507校が15年には779校になった。

 当然、需給バランスは崩れ、現在、大学と短大を合わせた収容力は94%で高望みしなければ全入である。

 もちろん、そうはいかないから定員割れ続出で、充足率(学生数を収容人員で割った数字)20%、30%といった大学さえある。

 本来、策を講じるべき文科省が「18年問題」を放置してきたのは、大学数の多さが天下り先の確保と年間3000億円に達する私学助成金を利用した「学校法人支配の継続」につながるからだろう。

 実際、違法天下り先の多くが学校法人で、早慶のような著名校から名もなき大学にまで及んでおり、その豊富さと多彩なバリエーションによって、他省庁のOBに天下り先を“割り振る”ことまでやっていた。

 学校法人としては、新設や増設の認可、私学助成金など補助金・助成金の増減まで文科省官僚の“さじ加減”によって決まるのだから、喜んで受け入れざるを得ない。

 こうして文科省は利権官庁と化し、「第二の森友」=「加計学園」は獣医学部の新設で、「第三の森友」=「国際医療福祉大学」は医学部の新設で、岩盤規制を特区で跳ね飛ばして進出した。

 教育を錦の御旗に文科省は突っ走り、教育利権屋はそこに目をつけて安倍晋三首相に近づく。

 森友学園騒動では、籠池泰典前理事長の強烈な個性と過度の愛国教育で「文科省の罪」は見過ごされがちだが、その背景には「膨張する利権集団となった文科省がある」という視点を忘れてはならない。【辰】

 

 

 

 

 

 

 


2017年3月30日配信<0510archives>「『東芝解体』の戦犯は経団連会長輩出企業の呪縛から逃れられずに粉飾を繰り返した歴代社長と原発を死守した経産官僚」<事件>

いずれは…?(☚wikipedia)


 6兆円企業「東芝」の解体が進んでいる。

 既に、白物家電は中国に、医療機器は「キャノン」に売却し、半導体と原発の二つを主力に生き残りを図っていたが、米原子力事業で最大7000億円の損失が発覚、3月末の債務超過は免れないとして、半導体事業の分社化を検討、残る原子力もリスクは大きく、単独では生き残れない。

 「東芝」は、戦後、石坂泰三、土光敏夫という2人の経団連会長を輩出、日本を代表する製造業の雄であった。

 その名門が消え去る原因として、「東芝」が強みを持つ事業分野の市場環境の変化や、今回の巨額損失の引き金となった福島原発事故後の安全基準の引き上げなどが挙げられているが、つまるところは歴代経営陣の「経営の失敗」である。

 まず、失速の原因となった粉飾決算はなぜ表面化したか。

 この原点に立ち返ると、東芝解体の主犯が浮かび上がってくる。

 証券取引等監視員会の告発要請にも関わらず、「東芝を事件化で追い込みたくない」という官邸の意向を受けた検察は、「捜査着手しない方針」を固めているため、粉飾を指示した西田厚聰、佐々木則夫、田中久雄の歴代3社長の罪の具体的中身は判明していない。

 ただ、四半期末ごとにパソコン事業で利益を調整、決算を“化粧”していたのは、「経団連会長の座を狙う企業にふさわしい業績を」という歴代経営陣の思惑だった。

 その思いが最も強かったのが西田厚聡で、2013年の人事で、自らは会長にとどまって社長の佐々木則夫を副会長職に就け、院政を敷きやすい田中久雄を社長にした。

 異例の3トップ体制になったのは、「社長・会長であることが経団連会長の条件」であるため、14年に控えた経団連会長人事を意識した西田が、会長に居座った。

 当時、佐々木は経団連副会長。地位も名誉も奪われた佐々木の西田への恨みはつのり、両派の確執が証券監視委への告発合戦となり、長年の“膿”が噴出。それが、証券監視委が問題視したパソコン事業など各種粉飾の表面化であり、その最大のものが、「米・ウエスチングハウス(WH)の業績は好調」というごまかしによる粉飾だった。

 06年に「WH」を約6000億円の高値で購入したのは当時の西田社長であり、その後の経営陣も「WHの業績は好調」と言い続け、約4000億円の「のれん代」を正当化してきた。

 ようやく巨額の減損処理を行うのは16年3月期であり、こうした弥縫策も「東芝」の屋台骨を蝕んだのだが、そんな「東芝」の原発シフトを裏で推進、国策企業への道を歩ませたのは経済産業省の官僚である。

 名門重電メーカーだった「WH」は、電力自由化で業績を低迷させ、英国の国営企業の原子力部門が再建を引き受けたものの、欧米での原発事業の低迷もあって再建を断念。売り先を探し、そこに手を挙げたのが「東芝」で、挙げさせたのは経産官僚だった。

 「原発推進の旗を振る経産官僚にとって、WH買収は日本が原子力の平和利用である原発の“盟主”となることを意味した。そこに経済界に大きな足跡を残したいという野心家の西田の思惑も重なった」(元経産官僚)

 だが、この積極策が裏目に出る。

 11年の福島原発事故は、その時点で「のれん代」の減損による赤字転落と原発建設費用の高騰による業績の悪化など、今日の事態を想定させるものだったが、粉飾体質は身に染み付いており、そのうえこの期に及んでも猟官活動を続けていた西田とその子飼いの役員は、原発事業の失敗を表に出せなかった。
 
 東芝経営陣には、「経産省がなんとかしてくれる」という思いもあった。

 実際、「WH」を「東芝」に押し付けた経産省は、その代役を「日立製作所」「三菱重工業」に求めたが、さすがに「東芝」の轍を踏むことになるのを恐れた両社は首を縦に振らなかった。

 今や「脱原発」は、世界の重電メーカーの趨勢となっている。

 だが、原発推進の旗を下ろせない経産省は、最後は「東芝」の原子力部門を「日立製作所」と「三菱重工」の原子力部門と合体、「日の丸原発」を目論んでいる。

 「保身と名誉欲」に駆られて粉飾を継続してきた歴代東芝経営陣と、それを容認しつつ「東芝」を国策の“駒”として使い切った経産官僚。――そんな"戦犯"たちによって、「東芝」19万人の従業員とその家族の"流浪"が始まろうとしている。【未】

 

 

 

 

 

 


2017年3月22日配信「贈賄申し込み罪に続いて背任罪!?―刑事告発が続く森友学園事件を立件できないのなら検察特捜は張子の虎!?」<事件>

渦中の籠池泰典氏
(☚森友学園HP)


 

 小学校の設置認可を取り下げ、理事長退任を表明!――自民党筋からの“入れ知恵”で一歩後退を演出、てっきり騒動を沈静化させようとするためのポーズと思い聞きや、突如として作家で『日本会議の研究』の著者・菅野完氏の独占インタビューに応じたのを機に、これまでの態度を一変。籠池泰典・森友学園前理事長が、「佐川宣寿・近畿財務局長から弁護士宛に10日ほど身を隠して欲しいとの連絡があった」、「安部首相から100万円の寄付金を貰った」ことを暴露したことで、事態はさらに混迷の度合いを深めつつある。

 

 まさに「窮鼠猫を噛む」――籠池理事長の"爆弾発言"に驚愕、「私人」を理由に国会への「参考人招致」を拒否していた自民党までが、「総理に対する侮辱だから籠池氏に質さなければいけない」と整合性の取れない理由で急遽、籠池理事長を「証人」として喚問することに同意。事態は新たな局面を迎えている。

 

 それはともかく、これまで瑞穂の國小學院の設立のために奔走してきた籠池氏にまつわる疑惑は別モノ。触法行為については、刑事告発のうえで検察に受理させ、捜査によって解明するしかない。

 既に、政治経済紙(Web版も有り)『日本タイムス』川上道大発行人は、鴻池祥肇元防災担当相が記者会見で「カネなのか、コンニャクなのかは知らんが、『これでお願いします』と、おばはんが泣いて紙袋を差し出した」と、述べたのを受けて、3月3日、大阪地検特捜部に贈賄申し込み容疑で刑事告発した。

 贈賄は、申し込んだ時点で罪になる。


 籠池サイドの代理人・S弁護士(辞任)は「商品券」と弁解したが、金銭に相当するのは事実であり、金額が幾らだったかも含めて、特捜部は受理して捜査していい案件だろう。

 一般には無名でも、『日本タイムス』は情報の早さと深さで知られており、東京地検特捜部が捜査着手した東北復興利権狙いの「豊田建設事件」は、同紙のスクープ記事が発火点になっている。

 続いて、この問題の真相究明活動を続けている豊中市の木村 真市議や弁護士などが、今月22日をメドに、土地の買収交渉にあたった財務省幹部職員などを氏名不詳ながら背任容疑で刑事告発する準備を進めている。

 国有地が、なぜ8億円も安く払い下げられたのか。

 地下に廃棄物が発見され、撤去作業を行う必要があった為、という説明だったが、それほど大量の廃棄物は確認されておらず、そもそも除去費用も含めた正確な価格算定がなされた様子はない。

 木村市議は、「払い下げ価格を公表しないのはなぜか」と、財務省に訴え続けて、今回の騒動を巻き起こした人物だけに、資料も証言も揃っており、財務省は最も“厄介な人”に告発されることになる。

 まず、背任が疑われ、その後で役人にそう仕向けた「政治家の罪」が問われる。

 保守系団体の「日本会議」に所属、政治家の使い方を心得ていた籠池氏は、小学校の設立認可や国有地払い下げにおいて鴻池氏だけでなく、政治家への陳情を繰り返していた。

 その際、「無礼者!」と、投げ返した鴻池氏と異なり、受け取った政治家や秘書がいれば、あっせん収賄あっせん利得処罰法違反の疑いが生じる。

 あまりにズサンな申請書類の数々に、驚きを通り越して呆れるほかはないが、補助金が絡み、既に、支給されたものもあるだけに、補助金不正受給や公文書偽造も捜査対象にすべきだろう。

 学園傘下の幼稚園の園長を「専任」ではないのにそう届け出て、2年間で1000万円を不正に受給していた籠池氏の妻・諄子女史は、「知らなかった。返します!」と、直撃インタビューに答えていたが、返せば済むという問題ではない。

 小学校建設費用についての金額の異なる3枚の契約書もそうだ。

 大阪府(7億5600万円)、関西エアポート(15億5000万円)、国土交通省(23億8400万円)と、契約書を使い分けたのは、大阪府には財務状況をよく見せかけ、国土交通省などからは補助金額を多く掠め取るためだろう。

 「詐欺的手法」と述べたのは、松井一郎・大阪府知事だが、既に補助金は給付されており、「詐欺的」ではなく「詐欺」と断じてもいい。

 これだけ"犯罪"の痕跡が数々、残され、いつもこうした際、刑事告発する共産党系市民団体なども準備を進めている。

 2010年の証拠改竄事件以降、政界案件については「死んだふり」を続けている特捜部だが、これを放置したのでは国民はとても納得できず、「特捜不要論」がさらに大きくなるに違いない。【寅】

 

 

 

 


2016年3月14日配信「震災を“食い物”にした老詐欺師・三木誠が遂に逮捕」<事件>


詐欺師界のレジェンド!


 「根っからの詐欺師」とは、こういう人のことをいうのだろう。

 三木(旧姓・篠原)誠、御年84歳――。

 「娑婆と刑務所を出たり入ったり」と、表現される犯罪者は少なくないが、三木の場合は圧倒的に刑務所にいる期間の方が長い。

 1985年10月、青森県むつ市で5億円強奪事件が発生し話題になったが、当時、篠原姓だった三木は、主犯格として裁かれ、懲役11年の刑を受けて服役した。

 出所後、すぐに小切手偽造、手形詐欺事件などを引き起こして逮捕・起訴され、2000年に懲役11年の実刑判決を受けて、岐阜刑務所で服役した。

 出所したのは12年12月である。

 そこから手を染めたのが震災復興絡みの“仕掛け”である。「ボランティア活動をやっている(やりたい)」といって資産家に近付き、資金提供を受ける。あるいは、補助金付きの事業を手がける。

 それから4年余りが経過。各地で“悪評”を撒き散らしていたが、今年2月21日、宮城県警石巻署に逮捕された。

 逮捕容疑は詐欺未遂。三木は、配下の唐島基成(52)、徳田貴光(43)とともに、宮城県東松島市の68歳の男性に対し、「外国のカネを使って復興支援をしたいが、口座から資金を引き下ろすのに諸経費が必要。ついては資金支援して欲しい」と、100万円を振込送金させようとした。

 未遂だし金額も小さいが、詐欺の常習犯であり、公判になれば厳しい結果となることが予想される。

 また、多くの余罪があり、今後、他の事件に発展することも考えられる。

 長身で背筋が伸び、80代には見えないといわれる三木だが、実刑判決を受ければ、これからの懲役は辛いものになるだろう。

 娑婆より長い服役生活を思えば、「凄腕」といっていいのかどうか疑問だが、懲役という結果はともかく「騙しのテクニック」は超一流である。

 岐阜刑務所の受刑者であった時から目を付けていたのが、宗教法人「幸福の科学」大川隆法総裁の前妻・大川きょう子女史である。

 出所後、すぐに、震災後、「みちのく衛生の会」というNPO法人を立ち上げ、ボランティア活動をしていた大川女史に電話をかけ、「自分も手伝いたい」と持ちかけ、翌年1月には面談、1億数千万円を引き出している。

 どうして簡単に騙すことができたのか。

 次のように申し向け、巧みに相手の“欲”を刺激するからだ。

 「香港のナンバーアカウント口座に150億円以上のカネがある。ただ、(懲役で)長期間不在だったので口座を凍結していたこともあって、簡単にカネを下ろせない。当面の活動資金として、カネを貸してもらえないだろうか。凍結解除になれば、どんなお礼でもするから…」

 

 とにかく、カネは借りた方が強い。

 一度、貸すと、関係を切られ取り戻せなくなるのが怖くて、ズルズルと借金の求めに応じてしまうのである。

 三木に対する大川女史の債権は7億5000万円にも達したが、三木は、弁護士を通じた大川の返還要求に対し、「返すつもりはあるがカネがない」と回答するのみ。要するに踏み倒しである。

 大川女史だけではない。

 出所後、上野・御徒町界隈を根城にしていた三木は、小料理屋の女将、スナック経営のママなどからもカネを借り、ボランティア活動に引き込んだ。

 篠原から三木姓となったのは、13年6月、当時、スナックのママだった女性との婚姻によるものである。

 三木と大川女史の決裂は、いつまで経っても口座が開かず、返済されない借金問題が大きかったが、そのほか収益活動はしないハズなのに、三木が夫人を代表にコールセンター事業を始めたことも原因だった。

 コールセンター事業とは、「震災に伴う国の雇用創出事業を利用した詐欺まがいの会社」と、後に叩かれた「DIOジャパン」(代表は日清紡時代に元社会人卓球チャンピオンになった本門のり子)と組んで設立した「おいらせコールセンター」である。

 この会社を巡っては、14年11月、町と交わした補助金に関する契約関係書類が、山梨県でパチンコ屋を経営する会社に流れていたことが判明、町で大騒ぎとなった。

 書類は、山梨の会社を信用させるために担保替わりに預けたもので、後にこの会社は三木らを刑事告訴、一時は山梨県警が捜査に当たっていた。

 そして、「おいらせコールセンター」の事務局長を名乗っていたのが、今回、一緒に逮捕された徳田だった。

 詐欺師人生一直線!――事件化こそしなかったが、秋田県の有名観音像を巡る詐欺未遂事件など、小誌が知るだけでも余罪は数件ある。

 

 遵法精神の欠片もない三木は、再びの懲役生活を迎えるのだろうか。(敬称略)【卯】

 

 

 

 

 

 

 


2017年2月28日配信「府立医大事件が証明する京都暴力団社会の没落!」<事件>

 
京都府立医大附属病院(wikipedia)


 山口組系淡海一家・高山義友希総長に虚偽診断書を作成、収監を逃れさせていた「京都府立医大附属病院事件」は、担当医師、腎臓移植を行った吉村了勇院長、そして高山受刑者との度重なる会食が報じられた吉川敏一学長などの刑事責任を問う捜査に発展、京都の医療界と暴力団社会との癒着の深さを見せつけている。

 検察当局の事件化の狙いは、「診断者が虚偽で懲役8年の実刑判決の確定から1年半もシャバに居続けた高山総長を収監するだけでなく、別ルートの偽診断書作成先の康生会・武田病院を起点に、暴力団と深く結びつく京都の医療界にメスを入れること」(検察幹部)にあった。

 そういう意味で、病院長から学長、そして武田病院へと捜査を広げているのは、捜査着手の時点で決まっていたことである。

 その対象が高山総長なのは、「京都の特殊性」を示している。

 京都裏社会の支配者は150年の歴史を持つ広域暴力団・会津小鉄会で、高山受刑者は同会の高山登久太郎・同会三代目の長男である。

 登久太郎三代目は、構成員数は少なくとも、押し出しの良さと幅広い人脈で、暴力団社会で独自の存在感を示し、京都の独立性を保った。

 それは古都・京都に誇りを持ち、「政・官・業」が"インナーサークル"を形成、「白足袋」と呼ばれる僧侶、茶人、公家などが影響力を行使する京都に、居場所を持っていることを意味した。

 そして、義友希総長の妹が京都の医大出身の医者と結婚したのを機に、登久太郎三代目は医療界との関係を深め、なかでも親密になったのが武田病院だった。

 ただ、登久太郎三代目は長男の義友希総長には稼業の道を歩ませなかった。

 そこで、東京の大学を出て京都に戻った義友希受刑者は、金融・不動産・レジャー開発などの会社を経営する。

 が、経営者としての手腕はなく、逆に巨額の負債を抱え、それが97年の登久太郎三代目の引退につながった。

 03年に登久太郎三代目は死去するが、「重し」がなくなったことで義友希総長への風当たりは強くなったことで、"避難"するように山口組を頼り、弘道会会長で高山清司・6代目山口組若頭の舎弟となって、滋賀県に淡海一家を立ち上げた。

 これを機に山口組の京都進出が本格化、淡海一家はその橋頭堡となった。

 それが、「京都建設業界のドン」と呼ばれるU氏を恐喝した事件につながった。

 「両高山」は、10年4月に逮捕され、高山清司若頭は一足早く14年12月に服役した。

 淡海一家を拠点に京都に強引に進出する弘道会のやり方は、「弘道会方式」と呼ばれ、恐れられる高山若頭の統治手法だった。

 その腕力の前に縮こまっていた山口組は、同若頭の服役で枷が取れて分裂。15年8月、神戸山口組が立ち上がり、六代目山口組と覇権争いを繰り返している。

 「山口組分裂」は、暴対法や暴排条例で食えなくなった暴力団の更なる衰退を示すものであり、最大勢力の山口組がそうなら会津小鉄会はもっと悲惨である。

 脱落者が続出、もはや単独では成り立っていかない状況で、2月に入って馬場美次六代目の引退騒動を経て、馬場派が金子利典会長を継承者に七代目会津小鉄会になり、原田昇若頭が「6代目の引退」を理由に七代目会津小鉄会を名乗っている。

 金子会長のバックには神戸山口組がつき、原田会長は六代目山口組が支えている。

 京都で独自の存在感を持っていた会津小鉄会は実質的に消滅、その引き金を引いたのが義友希総長だった。

 バブル期に暴力団は頂点を迎えるが、その反動で国が暴対法を施行させようとした時、各界を糾合、先頭に立って反対運動を巻き起こしたのは高山登久太郎三代目だった。

 その「先見の明」を示すように暴力団は弱体化した。

 会津小鉄会が終焉を迎えようとしている時、義友希総長の蒔いた種でわずかに残った"インナーサークル"の存在が暴露され、その関係も消滅。それが「京都府立医大事件」の持つもうひとつの側面だろう。【申】

 

 

 

 

 

 


2017年1月24日配信「会津小鉄会分裂騒動でますますハッキリした神戸山口組VS6代目山口組の実相」<事件>


 
会津小鉄会(wikipedia)


 年明け早々、京都の広域暴力団・会津小鉄会で発生した原田昇若頭によるクーデターは、馬場美次・6代目会長が巻き返しを図り、原田若頭を絶縁処分にするとともに、自らは総裁にあがり、7代目会長を金子利典・4代目いろは会会長に譲ることで決着した。

 原田氏が、7代目の看板を下ろしたわけではないものの、親分の力が絶対の暴力団社会で絶縁の回状が出された以上、正統な7代目は金子氏ということになる。

 それにしても、150年の歴史を持ち、「大ひょうたん」の代紋で知られた「会津小鉄会」が、今や何の力も持ち得ないことを知らしめた事件だった。

 始まりは、1月10日、会津小鉄会傘下の心誠会会長の原田若頭が、6代目山口組傘下の弘道会の組員20〜30人を従えて馬場6代目に面談、引退を迫ったことだった。

 馬場氏は、通帳をだまし取ったとする詐欺罪で、昨年、懲役1年の実刑判決を受けているが、捜査の過程で自らの引退を捜査当局に示唆したことが、引退を迫られた理由だったという。

 「原田昇をもって、7代目会津小鉄会会長とし、不肖私の跡目とすることを決定しました」

 この文書が、馬場氏の本意でないことは、すぐに判明。馬場氏と連携する神戸山口組傘下の「山健組」の組員40人以上が、11日早朝、会津小鉄会本部を訪れ、留守番の若い衆を袋叩きにして追い出し、馬場氏の釈明と原田氏の絶縁を回状にして、全国の組織にFAX。馬場総裁=金子会長体制の発表は、翌12日だった。

 それにしても、クーデターを仕掛けた原田氏の実行部隊が弘道会で、その奪還を行ったのが山健組であるところに山口組分裂騒動の実相が表れている。

 山口組を名古屋の弘道会方式で締め上げ、締め付けることへの不満が5代目山口組体制下で中核だった山健組にあり、決起して神戸山口組を立ち上げた。

 究極の争いは、山健組VS弘道会――。

 当初から指摘されていたことではあるが、神戸山口組では「弘道会以外の6代目山口組関係者と付き合うのは構わない」という“内示”を出すなど、対立構図はより鮮明になってきている。

 それにしても、跡目争いに他組織の力を借りる会津小鉄会はどうなっているのか。

 「会津小鉄で威勢のいいのは、もう外に出て、両山口組に吸収され、今は年寄りしか残ってない。現役で活動する組員は100名強で、そのうち弘道会派が7割ぐらいで、残りが山健組派。そういう意味では、同組内でもっとも勢力があり、人望もある原田若頭が、京都を抑えたい弘道会の思惑に乗って、クーデターを起こすのは分からんでもない」(6代目山口組系幹部)

 当局に対して、引退を示唆していたという馬場6代目は、75歳と高齢のうえ、詐欺罪での1年間の服役は免れない。

 弘道会としては、この機に原田氏を前面に立てて、「京都侵略」を果たしたかった。

 もともと馬場氏は、山健組先代の桑田兼吉3代目の頃から山健組に近く、その関係は現在の井上邦雄4代目体制となってからも続いている。

 従って、井上氏が「逆盃」となるのを厭わず、神戸山口組を立ち上げると、神戸山口組派であることを隠さなかった。

 「会津の小鉄」こと、上坂仙吉を初代に1868年に結成された会津小鉄会は、京都を地盤に、人数的には少なくとも、神戸を拠点とする山口組に対して一歩も引かず、独自の存在感を保ってきた。

 しかし、今回のクーデター騒動で判明したのは、もはや独立組織ではなくなっていることで、それは同時に、「山健組VS弘道会」という対立構図が、全国の組織を巻き込みつつ、消耗戦によって弱体化していく暴力団の将来像を映している。【辰】

 

 

 

 

 

 

 



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