2018年4月4日配信「春の動物たち」<寄稿>










 


2018年3月21日配信「初春の花・三様」


【寒桜】


【梅】


【桃】


 
          大空に向かって誇らしげに枝を伸ばす彼らの健気さに感激!


2018年3月14日配信「阿修羅になったヤス」<寄稿>

 

 

広島地方裁判所 團藤丈士所長 

 

平成30年2月26日

平成28年(ワ)第1010号 債務不存在確認請求事件

平成29年(ワ)第37号 損害賠償請求反訴事件

本訴被告 (反訴原告) 原 敏恭

 

下級審事務処理規則に基づく裁判官に対する適切な指導を求める要望書

 

前略

被害者(被告)は。今年2月23日、80歳を迎えました。これまで良き市民(good civilian)として積極的に誠実にプライド・自信を持って人生を生きて来た人間であることは、持参した「交通事故裁判 綴り 目次(その3)」6から36頁、「広島市長交代挨拶状」、「大阪弁護士会会長礼状」、「日本経済新聞に2年16回連載された被告退職から裁判記事」、被告代理人「上申書」、「支援者社長陳述書」、友人「陳述書」、被告本人「陳述書」からご理解いただけます。

以下資料を持参し、広島地方裁判所民事第1部龍見昇裁判官が平成28年11月16日(第2回口頭弁論)から平成29年12月28日(第10回口頭弁論)まで行った裁判指揮は、裁判官の義務である中立、公正に反し、一方に与したものです。

よって下級審事務処理規則に基づき同人に対する監督権の行使を要請します。

 

 

持参する資料類

  1. 「交通事故 綴り その1 (訴状・答弁書・準備書面・反訴状・証拠説明書等)」は、過失100%の加害者が治療費も払わず被害者を訴えた原告「訴状及び証拠説明書」、被害者被告「答弁書」、「準備書面(1)から(5)まで、証拠説明書乙第1号から第25号証まで」及び「被告反訴状」などです。
  2. 「交通事故 綴り その2 (証拠類)」は、「被害車両写真」、「事故現場(相生市竜泉交差点)写真」、「交通事故証明書」、「交通事故現場見取図(縮小)」、富士火災海上「物損事故示談内容確認書」、「田丸整形外科ほか診断書類」、「富士火災広島社員富松秀紀 右肩腱板損傷はなく、症状固定と判断するという被害者宛書状」、「第2回から第5回口頭弁論傍聴チラシ」など重要証拠類などです。
  3. 「交通事故 綴り その3」は、「準備書面(6)〜(11)、証拠説明書」、金融庁監督局保険課宛処罰・指導・監督請願書、高速道路利用履歴、本人・証人主要尋問事項、弁論再開申立書、裁判官忌避申立書、傍聴チラシ、「被告の人格を示す、広島市長交代挨拶状、大阪弁護士会会長礼状、日本経済新聞に2年16回連載された被告退職から裁判記事、被告代理人「上申書」、「支援者社長陳述書」、「友人陳述書」、「本人陳述書」などです。
  4. 加害者(原告)代理人「文書送付嘱託申立書(3通)」及び第1準備書面
  5. 平成29年5月26日付東京高裁長官及び東京地裁所長宛書状及び4枚の写真。
  6. 支援者に配り、また東京裁判所前で机の上に置き、自由に取ってもらっている青色ダイオード、ノーベル賞受賞、中村修二著、ダイヤモンド社「ごめん」要約8頁。
     

    持参資料説明とお願い

     

  1. 交通事故 綴り その1 (訴状・答弁書・準備書面・反訴状・証拠説明書等)

    交通事故 綴り その2 (証拠類)

  1. 交通事故被害者の治療費も払わず、虚偽・歪曲・一方的原告「訴状」
    1.  物損は加害者100%で処理したが、物損と人損は別、被害者にも20%の過失があるという異常な主張.
    2.  被害者に払ってもいない治療費1,016、254円を払ったという虚偽主張
    3.  理由もなく、当社支払い基準で計算しておりますと払ってもいない今回支払額898、133円という理解できない支払額
    4.  被告の右肩の傷病は、腱板損傷が認められないことから遅くとも平成27年10月末までには症状固定に至っているという虚偽主張

      以上、悪質な原告訴状主張は、以下被害者反論・反証ですべて否定されています。

      1. 富士火災は事故調査会社「保安企画」(乙第20号証、「交通事故綴りその2」、6頁)に事故調査をさせ、過失加害者(原告)100%で示談書を被害者取り交わしている(乙第2号証、「交通事故綴りその2」7頁「物損事故示談内容確認書」)。しかし、訴状では被害者(被告)過失20%だと訴えている。このような違法な訴えは即刻棄却されねばならないが、龍見昇裁判官は是正を図ろうとしない。

        29年3月15日、事故現場の信号機を確認に出向いた際、監視パトカー乗務警察官は被害者(被告)に「車を運転しての事故で物損100%なら人損も100%が当然」と言っていた。

        これが常識だろう。

      2. 富士火災担当富松秀紀は、平成28年1月15日付「対人傷害補償保険金」(乙第4号証、交通事故綴りその2、8頁)に、治療費1,016,254円(既払い)、慰謝料898,133円(当社支払い基準で計算しています)、損害賠償額合計1,946,787円、過失相殺(刑事記録取得後、再度検討する予定です)、既払い額1,048,654円としているが、支払われたのは32,400円(通院交通費)だけで、前記金額は被害者(被告)に支払われていない。

        被害者(被告)は何度も龍見昇裁判官に訴えたが、取りあげようとしなかった。

        被害者がこの時点)で治療先に支払った金額248,690円(交通事故綴りその3、175頁、27年12月まで累計)については、富士火災に請求しても支払われていない。 

      3. 富士火災「回答書、同意書・主治医診断書」 (乙第10号証の1から11号の3交通事故綴りその2、8頁、31〜35頁)について

        27年4月13日付富士火災担当鋤崎賢太郎「回答書」には、「県立広島病院治療費については弊社より貴殿の治療内容や事故との因果関係について、広島県立病院に医療照会の上、再検討させて頂きます。医療照会にあたっては、貴殿の同意書が必要となります。同封した「同意書」記入うえご返送願います。広島県立病院からの書類が返送され次第、弊社にて精査させていただき、貴殿に回答させていただく所存です。」と書いていたので、待っていたが、無視され、10月27日付で右肩腱板損傷もなく症状固定という富松書状が届いた。

      4. 富士火災担当富松秀紀「症状固定」通知状(乙第6号証の1交通事故綴りその2、38頁)が虚偽ということは、原告代理人が被害者(被告)治療先に文書送付嘱託を行った県立広島病院回答は、被害者(被告)「患者診療記録」、2015年7月3日、整形外科「右肩腱板損傷」と明記されていることが明らかになった(「患者診療記録」同封)。 
      5. 田丸整形外科診断書類(乙12号の1、4、5、交通事故綴りその2、42、45、46頁)について

        乙12号証の1は、被害者(被告)が事故3日後の11月4日田丸整形外科の診察を受けた際の診断書で「11月1日の事故に対する診断書」と明記されている

        この診断書は、原告代理人が被告代理人に送ったもので、本交通事故診断書の元となるものだが、原告訴状には添付されてはいない。意図的に隠ぺいしたものと考えられる。

        田丸整形外科診断書類(乙12号証の4及び5)には、被害者(被告)に対する治療は県立広島病院と並行しながら行っていると明記されている。

        この診断書から富士火災が田丸整形外科治療費を払い、県立広島病院治療費を払わないという理由は存在しない。富士火災は悪質で自賠責保険を扱う資格はない。

         

  1. 交通事故裁判 綴り その3(「債務不存在確認等請求事件」委任状、準備書面6〜11、証拠説明書、金融庁監督局保険課宛処罰・指導・監督請願書、高速道路利用履歴、傍聴チラシ、本人・証人主要尋問事項、弁論再開申立書、裁判官忌避申立書等)について
    1. 原告利根美鶴平成28年1月20日付「債務不存在確認等請求事件」委任状(交通事故綴りその3、1頁)は、私文書・公文書偽造、同行使に該当するものと考えられる。

      準備書面(3)(4)などで記載のとおり、加害者原告利根美鶴は、委任状を書いたこともないと被害者(被告)にはっきり答えている。訴状に添付された委任状期日は、28年1月20日、訴状期日は28年9月1日、7カ月以上も後である。

      28年6月1日被告代理人から原告代理人に届いた書状(甲第10号証、交通事故綴りその3、64頁)には、「さて、交通事故の件につき先日依頼者原敏恭と打ち合わせました。その結果、今の段階では金額を提示することはできないということになりました。その理由は、依頼者はいまだに事故に起因する右肩の激痛、不眠症に悩まされており、県立広島病院の治療を受けている状況で、その目処が立たない限り、請求額を決めることが不可能であるからです。

      現時点でご意見をお聞かせいただきたいのは依頼者が立て替えている県立広島病院ほかの治療費についてお支払いの意思があるのか否か、また、富士火災海上保険から提示された慰謝料89万8133円の内容を明らかにしていただきたいということです。以上の次第ですので、右肩痛について県立広島病院での治療状況を見極めた上で解決金などの話をさせていただきたいと考えております。今後よろしくお願い申し上げます。敬具」

      という書状のやり取りからは、債務不存在確認請求事件の話題には至っていない。手書きで「債務不存在確認請求事件」と書き加えられている1月20日付委任状が不審であることはまぬがれない。

    2. 金融庁監督局保険課損害保険監督室長宛 処罰・指導・監督請願書(乙第26号証交通事故綴りその3、6頁)について

      富士火災が被害者(被告)の治療費も払わず、表に出ず、裏で画策し、法律、裁判の知識もない加害者(原告)を騙し、被害者(被告)を訴えた本事件は悪質なので、29年6月12日監督機関の金融庁監督局保険課損害保険監督室長宛に富士火災の被害者(被告)対する行為は、自賠責保険を扱う保険会社としてあるまじき行為なので処罰・指導・是正を求めた請願書交通事故 綴り その1 (訴状・答弁書・準備書面・反訴状・証拠説明書等)」「交通事故 綴り その2 (証拠類)」と共に持参し、受理された。

    3. 交通事故綴りその3、51〜55頁は、平成10年〜25年4月23日事故まで広島・東京・大阪の裁判所に出向き活動した被告車 「ロシナンテ」と平成13年から裁判所前で立てかけ訴えている4枚のパネル板(157×90僉法これだけ訴えを続けている人間はいない。
    4. 準備書面(7)及び添付証拠類をご高覧頂けば、被害者(被告)が平成13年3月から25年4月23日事故当日までの活動状況、事故後硬膜下血腫治癒後、25年10月末から26年11月1日事故日まで被告高速道路、宿泊先カード利用状況をご高覧頂けば、被害者(被告)が4月23日事故後、慢性硬膜下血腫治癒後の活動状況が理解できます。

      平成26年11月1日、今回の事故にあうまでの被害者(被告)の活動状況が年4から6回1週間から1カ月東京に滞在し、裁判所前で机、パネル板を立て、ラジカセから民事裁判の訴えたテープを流し、チラシを配り、本を売っていることがわかります。

  1. また、「著作物使用差止等請求事件 訴状(乙第43号証の1)及び証拠説明書(乙第43号証の2)」から、被害者(被告)著作物の使用料を月額150万円(日額5万円)+法定利息5%を求めていることから、被害者(被告)慰謝料算定基準は、富士火災富松秀紀がいう当社基準算定とはかけ離れていることが理解できます。
  1. 「著作物使用差止等請求事件 訴状(乙第43号証の1)及び証拠説明書(乙第43号証の2)」は、被害者(被告)が31年勤務した船舶塗料のトップメーカー(船舶塗料メーカーとして世界第2位)中国塗料の船舶塗料に関するデータベース開発を派閥抗争の負け組の私を休眠会社に出向し、部下のいない一人で昭和60年から開発したものでした。よって、著作権は私のものという訴状を平成19年9月21日大阪地方裁判所に提出し、船舶塗料データベース著作権確認訴訟が始まり、現在も続けられている裁判です。

    著作権確認訴訟大阪地裁判決は20年7月22日行われ、7月25日知財高裁に控訴した控訴審は、15回の口頭弁論、弁論準備の後23年3月15日原審通り判決が行われ、3月23日上告し、24年2月28日原審通りで上告棄却決定されました。

    原審判決は、中国塗料が被害者(被告)に開発させていない、被害者(被告)が会はしたという船舶塗料データベースは中国塗料には存在しなという主張を否定し、船舶塗料データベースは被害者(被告)が一人で開発した、中国塗料は被害者(被告)が開発した船舶塗料データベースを使用している、しかし船舶塗料データベースは職務命令の下で開発したものだから職務上の著作物になり、著作権は中国塗料子会社の「信友」、「中国塗料技研」のものとなるという原審判決が、最高裁でも確定しました。

    社長も社員も同一人物であれば、開発命令を出すのも、開発したのも同一人物だから著作権は被害者(被告)以外に動きようがない。

    よって、著作権は被害者(被告)のものということが確定されたので、その後、第2次著作権確認訴訟を行い、現在は「第2次著作物使用差止等請求事件」の準備を行っています

  2. 27年9月から29年9月まで被告高速道路、宿泊先カード利用状況(乙第50号証の1から20、交通事故綴り3、114〜133頁)をご覧いただくと、平成26年11月1日事故後、右肩腱板損傷による痛みに耐えながら、東京に出向き活動を行っていることが理解できます。
  3. AIG害保険代表取締役社長兼CEOケネス・ライリー宛治療費支払い請求について

    29年12月28日第10回口頭弁論後、AIG害保険代表取締役社長兼CEOケネス・ライリー宛に、「別紙その1交通事故通院・治療費履歴一覧(26年11月〜30年1月まで)」及び「別紙その2 被告が払った入院・治療・交通費明細(26年11月〜30年1月まで)」を添付し、治療費支払いを平成30年2月7日付で求めた書状です。

    本日現在(2月26日)支払いはなく、また支払い拒否理由の回答もありません。

  4. 弁論再開の申立書(交通事故綴りその3、184頁)について

    平成30年2月13日付弁論再開の申立書を高覧いただき、弁論再開をご指導願います。

  5. 原告利根美鶴 主要本人尋問事項及び旧富士火災海上 社員 富松秀紀主要証人尋問事項(交通事故綴りその3、185から196頁)について

    ぜひご高覧いただき、本件訴訟は原告利根美鶴が無関係であること、旧富士火災社員、富松秀紀がすべてを裏で仕組んだ、卑劣な訴訟であることをご理解ください。

  6. 龍見昇裁判官に対する忌避申立書

    このままでは、2月22日判決が行われるので、龍見昇裁判官に対し避申立をおこない、判決は取り消され、弁論再開をまっています。

     

  1. 加害者(原告)代理人「文書送付嘱託申立書(3通)」と第1準備書面

加害者(原告)代理人は裁判所に被害者(被告)治療先に膨大な被害者(被告)治療内容を取り寄せ、第1準備書面を提出した。しかし、腱板損傷がないという文言はどの治療先からも記載されたものはなかったばかりか、ken「患者診療記録」には、2015年7月3日、MRI診断で右肩腱板損傷と診断されていたことが判明した。また、「症状固定」と診断した医師、治療先は存在しなかった。

 

  1. 平成29年5月26日付東京高裁長官及び東京地裁所長宛書状と4枚の写真について

    ご高覧いただくと、被害者(被告)がしつこく国民一人、ひとりのための民事裁判の実現を求め訴え続けていることがご理解いただけます。

    この申入れに対する地裁所長、高裁長官からの回答はなかったが、裁判所職員が警察を呼び、被害者(被告)の活動を妨害することはなくなった。

     

  2. 支援者に配り、東京裁判所前で机の上に置き、自由に取ってもらっている、青色ダイオード、ノーベル賞受賞、中村修二著、ダイヤモンド社「ごめん」8頁に要約です。

    教授はアメリカ、日本で裁判を行い、著書「ごめん」に「裁判は公平と正義が貫かれるべきだが、日本の民事裁判は、「正義」や「悪」、「真実」はどうでもよく、大企業や国を守るため判決を下す」と書いています。 

    本来、主権は国民です。民事裁判官は法人、行政の横暴から国民を守るため、憲法で裁判官の独立が保証されている職業です。何よりも、公平、公正を遵守しなければなりません。

    現在の民事裁判官は、違法な法人の訴えを安易に受け入れ、法人を勝たす判決を行っています。今回の被害者(被告)に対する訴訟も、社会正義に反する訴えです。10回までの口頭弁論で傍聴者の方も裁判官は加害者(原告)に与している、このままでは、あなたは負けますと言われています。

    現在は、瀧見昇裁判官に対する忌避申立てを行い、判決は取り消されてはいますが、忌避申立てが受け入れられる可能性はないと言われています。

     

  3. むすび

以上のとおり、広島地方裁判所民事第1部龍見昇裁判官が平成28年11月16日(第2回口頭弁論)から平成29年12月28日(第10回口頭弁論)までの裁判指揮は、裁判官の責務である中立、公正に反します。よって下級審事務処理規則に基づき同人に対する監督権行使をお願いします。

 

以上

 

 

 

 

 

 

 


2018年2月3日配信≪0510archive≫「改竄されたDNA鑑定書で死刑判決!? そして性急過ぎた死刑執行!?――中井洽元国家公安委員長(09年当時)の“懸念”通り、『飯塚事件』久間三千年元死刑囚に冤罪の疑い?」



「霖雨の時計台」 西村寿行(徳間文庫)

 


 明和63年12月4日、福岡県飯塚市明星団地に住んでいたひとりの少女が行方不明になった。

 

 潤野小学校1年、松野愛子である。

 

 日曜の午前7時半頃、町内の廃品回収を手伝った後、団地内の公園で友達と遊び、さらに同10時頃、「ひとりの男」の自宅で弟と遊んでいるのを近所の人に目撃されるが、これを最後にこの女児は失踪した。

 

 この男こそ、久間三千年であった。
 
 果たして、久間三千年がこの女児失踪に関与したのか。

 

 証拠はない。

 

 だが、周囲の印象は、久間が「極めて怪しい」「という雰囲気に包まれた。

 

 今度この男の周辺で児童が失踪すれば、重要参考人にされるのは明らかであった。

 

 ましてや殺害されるようなことがあったなら、警察は間違いなく久間を“想定した犯人”に仕立て上げるであろう。

 

 もちろんこの時点では久間も警察も3年2か月後にお互いが反目し合うことなど予想できなかったに違い。

 

 両者を土俵に載せてほくそ笑むものがいた。

 

 悪魔の謀略の第一段階は成功したのである。
 
 平成4年2月21日夕、福岡県甘木市野鳥の国道322号道路わきの林で、20日朝から行方不明になっていた潤野小学校1年、中川藍と同、梅野裕莉の二人の女児が死体となって発見された。

 

 二人の顔には殴打の跡があり血が流れていたという。二人は20日朝、別の友人と三人で登校したが、登校途中、この友人と別れ、飯塚市内の繁華街で目撃されたとの情報を最後に消息を断っていた。
 
 この時点で、つまり状況証拠すらほとんどない時点で「犯人・久間三千年」は9割方確定された。

 

 初めに「犯人・久間三千年ありき」であった。

 

 相撲でいえばもろさしで土俵際1メートルの所から無理やり取り組まされたのである。

 

 捜査の初期段階から、久間を犯人と匂わす、警察地元マスコミ一体となっての波状攻撃が繰り返し行なわれた。

 

 時に警察は、捜査の初めから久間の顔写真を持ち歩いて近所の住民に聞いて回るという人権を蹂躙した不当な捜査を平気で行なったのである。
 
 2女児の遺体発見で、松野愛子の敵が討てる、一部の警察関係者は色めきたったのであろう。

 

 だが、これこそ悪魔が想定していたシナリオであった。

 

 冷静に考えれば、久間の一連の事件への関与は素人目にも大きな矛盾があることは明白であった。

 

 まず久間三千年が知性ある性倒錯者として、かつて嫌疑をかけられたのと同じ自宅の近所に住む潤野小の児童を、何故わざわざ欲望充足の対象に選んだのか、しかも2人も、という素朴な疑問が生じてくる。
 
 我々が「変態久間」の立場なら自宅周辺での対象物色という危険な行為は間違っても犯さなかったであろう。

 

 以前に嫌疑がかかっていたのだから尚更である。

 

 最も不可解なのが、2女児の遺体や遺品をほぼ100%発見されるであろう道路わきにわざわざ放置したことであった。

 

 “殺人事件”になることを確信して、久間が松野愛子失踪に関与していたと仮定するならば、少なくとも欲望を充足した後の処理技術に関しては長けていたわけである。

 

 それが2女児殺害のような大それた事後の処理は、確実に己の首を絞めるであろう形で省略した。

 

 遺体が発見されれば警察は確実に動く。

 

 この“省略”こそ警察をフル嫁働させ、ターゲット久間が総攻撃されるように仕組まれた「起爆剤」であったのである。

 

 これより以後の 「久間攻略作戦」は以下のように行なわれた。
 
 3月に警察が得たといわれる「遺品遺棄現場での紺色ワンボックス車を見た」との目撃情報により、「同種の車を所持していた」久間三千年に捜査の対象はほぼ100%絞られ、この男と女児とを結びつける証拠の発見に全力が注がれた。

 

 警察は、最悪、決め手となる証拠品が発見されなかった場合、伝家の宝刀である内部工作による証拠のこじつけ、デッチ上けも辞さない覚悟でいた。

 

 3月下旬、久間に任意で提出させた毛髪と「現場に残されていたといわれる体液」とが警察庁で行なわれたDNA鑑定の結果「ほぼ一致」し、この時点で久間がほぼ犯人と断定された。

 

 だが検察に証拠能力を問われ、第三者の大学研究室で再鑑定したところ、一致の確立は非常に低下したものであった。

 

 ここに警察の苦悩がある。

 

 捜査は中断したかにみえたが、平成5年12月になって、前年9月に久間が手放した例のワンボックス車内を再度鑑定、翌年2月、1年5か月という歳月を怪て、女児の衣服に「付着していたという4種類の繊維」と前述の「車のシートの繊維とが一致」、さらに「シートの裏に付着していたといわれる「ごく微細な血痕」と女児の一人の「血液型も一致」した。

 

 8月、検察との協議の結果、久間三千年の死体遺棄容疑が固まり、9月29日、同容疑で、ついに逮捕された。

 

 最初の事件発生から実に5年9か月後、悪魔のシナリオは完遂されたのである。
 
 久間と警察の5年9か月に渡る闘争は警察による久間への一方的な「精神的拷問」という形で行なわれた。 

 

 本来密室で行なわれるはずの自白強要が、衆人環視、認証の下行なわれたのである。 

 

 特に2女児殺害以後は、久間の実名と顔写真を所持しての自宅近辺での聞き込み、張り込みが連日続けられた。

 

 平成5年9月には、警察の嫌がらせに対して堪忍袋の緒が切れた久間が、張り込みの捜査員に刈りバサミで切りつけるという一幕もあった。

 

 状況証拠らしい状況証拠と言えば「久間も持ってた紺色ワンボックス車が遺棄現場で目撃された」という情報のみであった。

 

 だがこれは久間に嫌疑が向けられるように作られた情報リークの可能性があったし、それが事実であるとしても、久間のものと同一の車種を使い、たまたま誰かに目撃されたか、あるいはわざと目撃された真犯人のものであろうことは容易に推測できるものであった。
 
 この「目撃」以外はすべてこじつけられた証拠である。

 

 DNA鑑定などほとんど信用性がないことが証明されたにもかかわらず、警察は自称「ほぼ一致」にあくまでこだわった。

 

 そもそも「現場で発見された体液」はDNA鑑定できるほどの量があったのか。車内の微物の鑑定に1年5か月もの長大な期間を要したのは伝家の宝刀の製作に四苦八苦していたからに他ならない。

 

 A、B、AB、O、2女児の型がそれぞれ異なるとして、いずれかが一致する確率は単純計算で二分の一である。

 

 こんなのが証拠と言えるのか。警察が久間逮補のよりどころとしている証拠に久間の車の「シートの4種顕の繊維と2女児の衣服に大量に付着していた繊維とが一致した」というのがあるが、これは殆ど詭弁であろう。

 

 女児の衣服のものであると100%断定できる繊維が久間の車の中から出てきたわけではないからだ。

 

 証拠となるには4種類の繊維が久間固有のものであることが証明されなければならない。

 

 4種類の繊維が量販されている、あるいは他者が真似て作れる、使用できる可能性がある以上、確固たる証拠にはなり得ないのである。

にもかかわらず警察は、久間三千年を「怪しい」「やったに違いない」という偏見と思い込み、ほとんどこじつけられた状況証拠だけで犯人に仕立て上げたのである。
 
 久間三千年の起訴後、実に“奇妙”な事が起きた。

 

 何を思ったのか、警察は今頃になって松野愛子の痕跡を再び捜しに出かけ、それを見事に発見したというのである。

 

 地元マスコミはこの出来事を、6年間不明の愛子ちゃんの衣服が25分で発見された「快挙」としてこぞって報道した。

 

 この出来事は警察の「本質」というべきものを実に見事に物語っている。

 

 松野愛子の衣服(ジャンパーとトレーナー)は明星寺南谷山道斜面で再捜索に加わっていた地元消防団員の手により不法投棄のゴミに混じって発見された。

 

 これに対する警察のコメントが「失踪事件の風化を防止するため、当時の捜索でやや不十分だった場所をあらためて探しただけ」という“素晴らしい”ものなのだ。

 

 6年掛けて探し続けてきたものを今回はわすか25分で見つけ出したのである。

 

 しかも「とても6年前に捨てられたとは思えないほど傷みは少なかった」という関係者のごたいそうなおまけまで付けて…。

 

 警察はいつから“超能力者”になったのか。 

 

 よくもこのような見え透いた大うそを憶面もなく平然とつけるものである。

 

 まさに遺族と国民を愚弄したと言えるのではないか。

 

 この“奇妙な出来事”は一体何を物語るのか。

 

 可能性として次の事が推測されよう。
 
 ‥漸箸諒刀を抜いた。つまり全く同じ衣服を新たに用意し、自ら投棄し発見した。
 警察が温存していた証拠(衣服)を今が出し頃であると判断し、偽装する形で発見させた。
 松野愛子殺しの真犯人、第三者が久間を嵌める目的で今になって投棄し、リークして発見させた。
 ぃ化児殺害で捜査の手が及ぶと判断した久間が、最近になって投棄しそれをたまたま警察が発見した。
 ィ暁間野ざらしの衣服がほとんど無傷の状態で奇跡的に警察に発見された。

 
 現場で発見された着衣は、ゴミ不法投棄場所として調査した主婦の証言から平成4年秋頃にはなかったことが確認され、投棄の時期はそれ以降であることが判明している。

 

 したがってほとんど「傷みのない着衣」という事実と合わせて考慮するとイ硫椎柔は除外できよう。
 
 次にい砲弔い討世、平成4年秋以降といえば2女児殺害に関して久間に多大な嫌疑がかかっていた時期である。

 

 連日張り込みも行なわれており、このような状況での投棄はます不可能である。

 

 見つけられた時のリスクを考えればむしろ自宅で燃やすなりして処分するはずである。

 

 それにもともと久間はやってないのだから捨てようがないのだ。
 
 残るは´↓であり、この内のどれかが真相である。

 

 この時朝に、特定の場所に狙いを定めて、しかも超短時間で確実に“望みのブツ”を発見した。

 

 この意味することは4の“たまたま”とか5の“奇跡的に”ということではなく“そこにある”ことを警察は100%確信していたのである。
 
 この警察の“異能”に関して永留慶造飯塚署長は「若干の捜査情報に基づいた可能性もあるが、その情報は明らかにできない」と述べたそうだが、これを素直に解釈すると、すなわち直接の犯人からでないにせよ、何ものからかの情報リークがあったとも受けとれる。

 

 これが事実ならばむしろ久間の事件への関与は否定できよう。もしこの事実がなけれは、,△箸いΔ海箸砲覆襦もっとも警察は間違ってもデッチ上げたとは言わないだろう。

 

 いすれを取るにせよ、松野愛子殺しも久間に結びつけ、窮地に追い込もうという何者かの意図は見え見えなのである。
 
 ここで松野愛子殺しの意義を若干述べておく。

 

 サタンの本命はあくまで『中川藍』にあった。

 

 松野愛子の失踪は、〃抻,鬟侫覯覇阿気擦覆つ度に近所の久間に嫌疑がかかるようにする、⇒茲襪戮『中川藍』の儀式のための予行演習、という二つの意味があったと言える。

 

 儀式の完遂のための久間というスケープ・ゴートの必要性だ。

 

 松野愛子が演習であったことの証明は、その名前「愛」、衣服のあった「8木山」にある。

 

 この意味についてはボエドの『7バス報告書』の署長への謎かけと合わせて考えて頂きたい。
 
 この久間事件は、“謀略”により、いかにして無実の日本国民が殺人犯に死立て上げられるのかを端的に表しているケースである。

 

 その意味で、久間事件はすべての日本人に関わる問題であると言えよう。

 

 この事件の真相を追及しようとする姿勢を見せれば見せるほど、それを妨害しようとする勢力も勢いを増してくるであろう。

 

 『中川藍』の儀式の完遂は、サタンにとってどうしても譲れない橋頭堡的役割を合わせ持っているからである。

 

 従ってこれより以後も、久間に止めを刺す様々な小細工が仕掛けられる可能性が非常に高い。
 
 日本国民は自身の問題としてこの事件の成行きを監視していく必要がある。 【☚『告発の書』・岩永天佑】

 

 

 

 

 

 

 




 


2018年1月12日配信「南無大師遍照金剛――川崎大師初詣」<寄稿>











 


2018年1月4日配信「読者の写真館・初春の富士山」<寄稿>

 

 

 

 





 


2017年12月16日配信<週刊0510archive>『人生は義理と人情と浪花節!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出』

佐川急便・佐川清会長 
 祇園の夜から2週間、再び訪問した南禅寺の自宅の応接間に現れた佐川会長は破顔一笑、「お前、なかなか歌上手いやないか。それも『かえり船』なんて渋い歌をよう知っとったなあ。これ記念品や、持って帰り」。


 しわくちゃの封筒に入っていたのは、会長と歌った「かえり船」を録音したカセットテープでした。いつの間に録音したのでしょうか。さすがは気配りの達人です。


 今でも時々、あの時そのままの“しわくちゃ封筒”から取り出して聴いています。二人のデュエットは、叶うことなら皆さんにも聞かせて上げたいくらいにぴったりと息が合って(?)います。

 いつものように、おもむろにタバコをひとふかし。そして、お茶をひとすすり。先夜の話の続きが始まりました。

 「どこまで言うたかいな?」

──確か…難破船の話の後『苦中に楽あり、楽中に苦あり』、逆境こそ人間力を形成する最大の原動力だと…」

 「そうやったな。ワシがまだ会長当時やが、佐川急便労働組合の委員長だったことがあるんや」

──会長が労組の委員長を…ですか?」

 「とにかく、トップたる者のあるべき姿とは、肩書きなんてかなぐり捨てて社員と同じ汗をかいて一緒に会社を伸ばす。…この姿勢に尽きると思うとる。だから、ワシは労組の委員長に就任したんや。そら、ドライバーは喜んだがな。トップが肩書きに溺れ、自分には統率力があると錯覚した時から会社は段々と衰退に向かうんや。今のKもそうやが、東京のWなんかは、その典型やな。とにかく、権力・名声・金力に対して超然として、常に自分に恥じない人間を目指すこと。これがこの世に生を受けた男の生き様やぞ」

 「この世で一番便利なものであり、また一番厄介なものがカネや。そのカネに取り憑かれた人間は、必ず底なしの地獄を見る。このことを忘れたらアカン。…『犬馬難し、鬼魅易し』残念ながら、そのアカン人間が佐川におるんやから、ワシもまだまだや。修行が足らんちゅうことや。どない真面目に生きとっても人生には試練が付き物や。しかし、どないな試練に会おうとも世間を恨んだらアカンぞ」

 「何度も言うが、人生の成功はカネや権力、名声でない。ワシが言うんやから間違いない(笑)。それ以上に値打ちがあるものとは何ぞや『忘我利他』…この言葉は比叡山の山田座主から教えられたもんやが、まさに人生は忘我利他の境地にどれくらい近づけるか、その為の修行の場や。しかも、この道場はたとえ失敗しても七転び八起き、健全なる勤労精神がある限り、何度でも再起できる道場や」

 「佐川発展の秘訣は何ですか?ってよう聞かれるんやが、ワシはいつも『社員同士のライバル意識と連帯感』と答えるんや。つまり、社員ひとりひとりに、どれくらい相手の魂を揺さぶる情熱があるか、それこそが会社発展の最大の要因や。常に戦いの場に身を置いて毎日を熱く生きる社員が10人もおってみい、どんな小さい会社でも直に大きうなるもんや」

 「それとトップたる者に不可欠なものは直観力や。なんぼ理屈が合うとっても、アカン時はアカン。一寸先は闇、それが人生や。その闇を見透かすための“道具”が直観力や。これを粗末にしたら、どんな大きい船でも必ずどこかで座礁、沈没する。エエか、他人から、そんな理屈に合わんことしたらあきまへんと言われても、己の直感がゴーサイン出しとったら、トコトン、それこそトコトン勝負したらエエんや」

 まるで、“佐川塾”の授業です。それもマンツーマンの講義です。佐川急便の社員ですら、こんな贅沢な講義は受けていないはずです。

 「不正の誘惑に屈せず、常に義を貫いてこそ新しい道が開ける。今日はこの言葉で終わりにしょうか。唾を飛ばし過ぎて疲れてしもうたから寝るわ。また来月おいでや」

 これが佐川会長との最後の会話でした。

 「人生は義理と人情と浪花節」――裸一貫で身を起こし、今日の佐川急便を作った「一代の快男児」の“遺言”ともいうべき話の数々は、今も昨日のことのように思い出します。

 2002年3月11日、京都市内の病院で死去。享年79歳。合掌。(了)  【裕】








 


2017年12月14日配信<週刊0510archives>「人生は義理と人情と浪花節!!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出」

佐川急便・佐川清会長 
“祇園の夜”に似つかわしくない質問にも嫌な顔ひとつ見せず、時に笑顔を見せる佐川会長の口からは、南禅寺の自宅客間での会話とは、ひと味もふた味も違った迫力ある言葉が間断なく飛んできました。

──企業人としての会長の経営哲学を聞かせてください。

 「常に汗みどろの人生を送ってきたワシにはそんな大それたもんはないが、幹部連中にはいつも『企業の存在価値は社会や社員の秘めたる夢の実現に最大限貢献すること』と言うてきたつもりや。3万5000人の社員全員に、この考えが浸透しているとは言えんが、経営者たるもの、常に社会と社員のことを考えて行動せんと、会社なんてアッと言う間に潰れてしまうぞ」

 「人と出会い、人と交わり、人と育つのが人生だ。その短い人生で縁あって出会った人間が何人いるか、それも損得抜きの付き合いができる仲間や部下が何人いるか。そんな彼らこそが会社にとって最大の財産なんや。とにかく、人に出会うことで仕事が生まれ、人と出会うことで事業が発展する。これこそがワシが身体で覚えた経営哲学やな」

 「とにかく夢を持って、夢を追いかけ、そして夢を実現する。そうした気概を持ち続けとったら、必ず幸運に巡り会える。『継続は力なり』や。夢は持ち続けておかんと逃げてしまう。中途半端はイカン。そのためには素の自分をさらすこっちゃ。そしたら相手もそれに応えてくれるもんや。そして、夢を実現したら仲間同士で分かち合う。自分ばっかりエエ思いしとったら、幸運は長続きせん。『人も良し、我もまた良し』。これでこそ人世やないか。そう思わんか?」

 かすれた声ながら、ズシンと心に響く言葉の連続にメモを取る手も止まりがちです。

 「カネというのは、オモロイ性格を持っとるもんや。執着すれば逃げて行くし、自在に操れば“良き召使い”になり、働かせば友達を仰山連れて戻ってくる。なかには碌でもない友人も居るけどな(笑)。ウチの幹部にはカネの奴隷になっとるドアホも居るが、そんな奴は経営者にもなれんし、悪戦身に付かずで、精神が堕落する。カネは人を測る“物差し”であり、またカネの使い方はその人間を見極める最高の“物差し”とワシは思うとる」

 「組織の大小にかかわらず、トップに立つ者は、常に飢え、常に戦い続け、常に迷いなく決断せないかんもんや。そのためには、あらゆる苦難や逆風を五感で感じられるように自分を鍛錬せなあかん。人生は一度限りや。攻めて、攻めて、攻めまくるこっちゃ。それでもギリギリの立場に追い込まれたら、その時は運を天に任せたらエエんや。世間にはワシのことをワンマン、独裁者や言うて鬼畜生みたいに言う奴も居るけど、トップたる者、ワンマンでなけりゃあ、会社なんていう船は、すぐに難破船になるんや。…『苦中に楽あり、楽中に苦あり』…無事に港に船が着くまでは船長は鬼でなければアカンのや。そして晴れて港に着いたら甲板員から機関員まで、みんなで美味い酒を飲む。これが男の最高の生き方やないか」

 佐川節は絶好調。しかし、あまりの長居は身体に障るのでは?…そう思いながら、「会長、そろそろ〜」と切り出そうとした時を見計らったように……。

 「この話の続きは、今度にするとして、オイ!一曲歌うて帰ろうや。バタやんの『帰り船』を一緒に歌おうやないか」

 ♪♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の帰り船♪♪

 一番を佐川会長が、二番を小生が、そして三番をデュエットで歌いました。
 声といい、節回しといい、なかなかのものです。
 懐かしい思い出です。(続く)【裕】












 


2017年12月12日配信≪週刊0510archive≫「人生は義理と人情と浪花節!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出」

佐川急便・佐川清会長
 涼しい顔で日本皇民党への株券譲渡を語ったと思えば、無邪気な顔でモグラ退治のコツを語る。…佐川節は今日も絶好調です。まだまだ聞きたいことは山ほどあるのですが、間もなく約束の2時間になりました。

──そろそろ、失礼したいと思いますが。

 「何や、もう帰るんか?まだエエやないか。今日は調子がエエから祇園へでも行くか?話の続きはそこでしようやないか」

 頻りに咳き込む会長の体調も気掛かりだったのですが、強い誘いに根負け。場所を祇園のお座敷に移してインタビューすることになりました。
 
 玄関をくぐった会長、下足番のお爺さんに「世話になるぞ。これとっとけや」と“ン万円”をポン。次いで、座敷に向かう廊下で女将に「これ、お運びさんにあげてや。何人おんねん」と一人当たり“ン万円”ずつの心付けを渡しました。
 聞きしに勝る“豪快な散財”にポカンとしている私に、

 「あのなあ、心付けちゅうのは、下に厚く、上に薄くが鉄則やぞ。芸妓や舞妓には高い花代を出しとるんやから要らんがな」

──???

 「ワシかて、ひとりでこんな座敷に来ることは滅多にない。そんなカネがあったらドライバーと焼き肉食うた方がなんぼかエエがな」

──つまり、接待の時だけこういう座敷を使うということですか?

 「そうや。接待ちゅうのは、相手を真心込めてもてなすことや。それを勘違いして自分が気持良うなっとるアホがおるが、そんなカネの遣い方はアカン。死に金や。玄関は最初に入る場所であり、最後に出る場所や。大事な客人に最初と最後に気持良うなって貰うためには、(下足番の)爺さんを大事にしとかな。先に他の座敷の客の靴を手にしていても、佐川の客の姿が見えたら、持っとる靴を放っぽり出して、ウチの客の履物を揃えてくれるがな。あんたが下足番だったら、どないする?」

──もし自分が下足番だったら…(十分に納得です)。

 「別に、こんな高い座敷でのうても同じや。例えば、うどん屋に入ったとしょうか。客人が天麩羅うどんを注文したら、自分はそれよりワンランク、ツーランク落としてキツネか月見にするんや。それを客人と同じ物を頼んでみい、相手は全然、気持エエことあらへんがな。そうやろ。そんな奴は、接待に名を借りて“公金”でうどんを喰うとるのと同じや。今の佐川の役員は、そんな奴ばっかりや。だからワシは、佐川急便に明日はない!って言うんやが、アイツらは現場のドライバーのことを一顧だにせず、自分の懐を肥やすことばかりに夢中になっとるんやからホンマ、守銭奴の集団や。九州の支社長なんか、どないしてカネを抜いたのか分からんが、博多を中心に何軒も焼肉屋を経営しとるちゅうんやから。また北海道の支社長は、札幌に居らないかんのに、しょっちゅう上京、何をしとるかというと、昼はヤクザとゴルフ、夜は銀座か雀荘なんやから、なにをかいわんや。どいつもこいつもアホばっかりや(怒)」

──そういえば北陸支社では、車のトランクから二重帳簿が出てくるという事件もありました。

 「北陸だけやない。大阪支社でもややこしい事件があったし、中国支社にも問題が一杯あった。そういえば四国にも妙な事件があったな。どの事件も、すべてドライバーを大事にせんことに端を発しとるんやが、それを突っつかれたら首が飛ぶから、幹部連中は責任をドライバーになすりつけて、自己保身に汲々としとる。そら、ドライバーは恨むわな。しかし、ワシに上がってくる報告は、ドライバーが一方的に悪いという“ウソ”ばっかりや。そやから、“佐川急便残酷物語”とか“佐川奴隷運送”とかいう怪体な本が、仰山出てくるんや」

──古い話ですが、その手の本に書かれた事をもとに脱税容疑を掛けられたことがありましたね。

 「よう知っとるな。そうよ、きっちり調べられたわ。しかし、ナンボ探しても“タマリ”なんかあらへんがな。結局は脱税なしということで、国税の職員も『世間では佐川さんがガッポリとカネを隠しとると言うてますが、ホンマに持ってへんのですなあ』言うて拍子抜けして帰ったがな。ワシは小細工して貯めたりせんのよ。カネは貯めるもんでのうて、遣うもんや。まあ、その分、先に逝った家内が苦労したけどなあ。実際問題、毎月末になると嫁はんに『おい、カネあるか?』言うて貰うてたぐらいやからな。この家かて、世間では“南禅寺の豪邸”や言うとるようやけど、何が豪邸や。古い家やから冬になるとスキマ風が入ってきて寒いし、庭の手入れかて1年間で何百万も掛かるんやから、それこそ小奇麗なマンションにでも入った方が、ずっと“豪邸暮らし”やぞ。壊すにはもったいない由緒ある屋敷やから、文化財を保護するつもりで買うてくれ言うから買うただけやのに…ホンマに世間ちゅうのはオトロしいもんや(笑)」(続く)【裕】







 


2017年12月8日配信≪週刊0510archive≫「人生は義理と人情と浪花節!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出」

佐川急便・佐川清会長 
  先に逝った盟友を偲ぶような目で、そして時に目を潤ませながら、「田中角栄」を語る佐川会長の表情は、実に穏やかでした。
 1922年生まれの佐川会長に対して、田中元総理は1918年生まれ。会長にとっては4歳違いの“兄”。ともに叩き上げという共通項を蝶番に、雪深い越後の国を故郷に持った“ふたりの英雄”の銭湯での邂逅は、まさに天の配剤、天の持つ磁力の為せるワザだったのかも知れません。
 同志であるとともに、同時に師であり、また好敵手であった「角さん」について、さらに佐川会長の思い出話は続きます。

──田中元総理は会長の目から見てどんな人物でしたか。

 「そうやな。ひと言でいえば、すべての面でお手本になる男だったな。不断の努力、人一倍の優しさ、そして何より時代の先を見通した鋭い感性。どれをとっても1級の大人物だったな。船舶振興会の笹川(良一会長)はんも傑出した人物だったが、ワシにとってはやっぱり角さんが一番だな」

──中国へ佐川急便の中古トラックを“寄付”したのは、日中国交回復に尽力した田中元総理の勧めですか。

 「そうだ。外交のことはよう分からんが、『あれだけの大きな国や。今に日本を凌ぐ世界の大国になる。長い間、睨み合ってきた両国だが、お互い人間や。時間をかけて話せば分かるし、手を携えなければならない時が必ず来る』というのが角さんの口癖だった。ほんなら中古で良ければウチのトラックを送りまひょかということで、翌年から寄付を始めたんや。そやそや、(会長の後ろに掛かった書を見上げながら)あれが1回目にトラックを100台かな、送った時に中国の偉い人が送ってくれた書や」

──他に田中元総理のことで思い出すことは?

 「そうやな。今でもはっきりと覚えとるが、『ワシは人間は利用されるうちが花やと思うとる。人助けこそがワシの務めや』という言葉にはシビれたなあ」

 (佐川会長の豪快な“タニマチ”ぶりは、ひょっとして田中元総理のこの言葉にあったのでは?)

 「男が惚れる男、それが角さんや。角さんの前に角さん無し、角さんの後に角さん無し。今の政治家に角さんを凌ぐ政治家はおらん。どいつもこいつもチマチマ、コソコソする奴ばっかりで国の将来を考えとる政治家はおらん。僅か54歳と言う若さで総理大臣になった“越後の今太閤”にワシは心底、惚れてしもうたんや。ワシが角さんにいくら献金しようが、そのカネはやがて形を変えて世のため、人のためになるんやから、それはそれでエエのんと違うか。それが、なんや!…真に国家を思う政治家を、しかも散々世話になった竹下や金丸は裏切りやがって!…あいつらの裏切りで角さんはダウン(85年に脳梗塞で倒れる)、引導を渡された(93年に政界を引退)んや。こんな非道は断じて許せんのや、ワシは!」

──それが、あの日本皇民党の「褒め殺し事件」に繋がるわけですか?一部には会長があの事件を指図したという声もありますが…。

 「指図したわけではないが、皇民党に“エール”を贈ったのは確かや。それが人の道やないか。皇民党には昔、京都府警絡みの一件でちょっとした縁があったんやが、ひょっとしたらワシの意を汲んで、代わりに竹下に天誅を下してくれたんかもしれんな(笑)。まあ、それが結果的に、東京佐川急便事件の“原因”になるんだが…」

──ところで、会長が保有していた佐川急便の株式を皇民党に譲渡した?という話があるのですが、本当ですか?

 「ホンマや。それがどうしたんや?彼らには諸々世話になったからなあ。当たり前やないか。昔なら、それなりのこともできたんやが、今は手元不如意やし…それに、彼らは昔からカネは受け取らんから、株券にしたんや。一時は持株比率で15%ぐらいあったけど、その後の増資で大分下がってしもうたがなあ。裸で生まれてきたんやから、冥土へ行く時も裸でエエやないか(笑)」

 (きわどい質問ゆえに、内心恐る恐る聞いたのに、あっさりと肯定。それがどうした?と涼しい顔で返されて、二の句が継げないままに、話題を変えて…)

──ところで、庭で放し飼いにされている鶴は幾らぐらいするのですか?

 「ああ、あれか。番いがふた組で50万円ぐらいかな。羽を切ってあるんで飛ばんがな。あれを狙うて、夜中にモグラが来よるんや。それで、今晩は徹夜で張り番をして、これで(おもちゃのゴム銃)モグラを撃ってやろうと思うてな(笑)。どや、お前もひと晩ぐらい付き合わんか」(続く)【裕】








 



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