2016年12月20日<0510archives>「読者の投稿写真-橋- 


























 


2016年11月25日配信「阿修羅になったヤス」<寄稿>

 

 

11月16日午後3時より広島地方裁判所210号法廷で第2回口頭弁論が龍見昇裁判官担当て行われました。

以下ご報告いたします。

 

私側傍聴人は、大竹市の支援者のYさん、チラシを受け取り来てくれた人が3名と妻でした。

 

原告側は、富士火災海上保険会社社員2名でした。

保険会社傍聴人は私が配るチラシを止めるよう10日には警察官を呼び、

そして保険会社代理人(原告)から私の代理人尾崎弁護士にチラシ配りの中止を求め、

11日、15日、16日にも営業妨害だからチラシ配りをやめるよう言ってきた社員たちでした。

 

裁判は、例によって裁判官による原告訴状(メール添付)及び証拠、

被告本人答弁書(準備書面(1)及び(2)(メール添付)及び証拠確認を行い、始まりました。

 

裁判官は被告代理人尾崎弁護士に原告訴状に対する答弁書(準備書面(1)が代理人ではなく,

 

被告本人が書いていることに対し質問を行ったが、尾崎弁護士が了承し提出したと回答し、裁判官は了承しました。

 

普通答弁書は代理人弁護士が書きますが、本人が書いたもので済ますのは珍しいから裁判官が聞いたのでしょう。

 

次に、裁判官は私(被告)が11月9日から配った傍聴チラシについて、

一般的にはこのようなチラシを証拠として提出した理由説明を求め、

先生はそれなりの理由を説明し、裁判官は深くは追求せず終わりました。

 

このチラシ配りについて、前記のとおり、裁判当日まで社員が止めるよう私にしつこく言ってきていたので、

原告代理人は法廷で、裁判官あるいは私の弁護士先生にやめるようにと云うだろうと確信していました。

何も言わなかったのには驚きました。

 

裁判後尾崎弁護士は、相手側弁護士がチラシ配りについて何も言わなかったのは、

チラシ配りを認めたこと、今後チラシ配りを配っても大丈夫と言われました。

 

尾崎弁護士は、被告は原告訴状に反訴を行うと言い、裁判官は了承しました。

 

今回決まったことは、被告が反訴状を提出し、次回は、29年1月19日午後4時から210号で行うこと。

 

反訴状は、12月までの被告(私)に発生した損害(立て替え治療費、入院・交通費、通院補償費など)

について請求した内容で症状固定判断、後遺症判定などに対する損害請求を外したものにすることなどが決まりました。

 

以上 簡単ですが、ご報告いたします。

 

今回、メールに原告(加害者側訴状)、被告側答弁書(準備書面(1))添付いたします。

 

以上

 

 

阿修羅になったヤス

 

日本の民事裁判を考える会

事務局 原 敏恭

E-Mail  hon-ashura@do.enjoy.ne.jp

 

 

 

 

 

 


2016年7月27日配信「高橋某女は何処に?――新橋4丁目・噂のミステリー・スポットを歩く」<寄稿>

 

 

 

 


2016年7月21日配信「競球出資名目で100億円!――あの山本一郎に雨中の抗議デモ行進!!」<寄稿>

 


2016年6月15日配信<週刊0510archives>「週刊0510のPHOTOギャラリー」<寄稿>




これが不起訴になった"白井金山"!!
















 

2016年5月24日配信<週刊0510archive>『人生は義理と人情と浪花節!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出』А禊鷙董

佐川急便・佐川清会長 
 祇園の夜から2週間、再び訪問した南禅寺自宅の応接間に現れた佐川会長は破顔一笑、「おう、お前なかなか歌上手いやないか。それも『かえり船』なんて渋い歌をよう知っとったなあ。これ記念品や、持って帰り」。
 しわくちゃの封筒に入っていたのは、会長と歌った「かえり船」を録音したカセットテープでした。いつの間に録音したのでしょうか。さすがは気配りの達人です。
 今でも時々、あの時そのままの“しわくちゃ封筒”から取り出して聴いています。二人のデュエットは、叶うことなら皆さんにも聞かせて上げたいくらいに(?)ぴったりと息が合って(?)います。

 いつものように、おもむろにタバコをひとふかし。そして、お茶をひとすすり。先夜の話の続きが始まりました。

 「どこまで言うたかいな?」

──確か…難破船の話の後『苦中に楽あり、楽中に苦あり』、逆境こそ人間力を形成する最大の原動力だと…」

 「そうやったな。ワシがまだ会長当時やが、佐川急便労働組合の委員長だったことがあるんや」

──会長が労組の委員長を兼務…ですか?」

 「とにかく、トップたる者のあるべき姿とは、肩書きなんてかなぐり捨てて社員と同じ汗をかいて一緒に会社を伸ばす。…この姿勢に尽きると思うとる。…だから、ワシは労組の委員長に就任したんや。そら、ドライバーは喜んだがな。トップが肩書きに溺れ、自分には統率力があると錯覚した時から会社は段々と衰退に向かうんや。今のKもそうやが、東京のWなんかは、その典型やな。とにかく、権力・名声・金力に対して超然として、常に自分に恥じない人間を目指すこと。これがこの世に生を受けた男の生き様やぞ」

 「この世で一番便利なものであり、また一番厄介なものがカネや。そのカネに取り憑かれた人間は、必ず底なしの地獄を見る。このことを忘れたらアカン。…『犬馬難し、鬼魅易し』残念ながら、そのアカン人間が佐川におるんやから、ワシもまだまだや。修行が足らんちゅうことや。どない真面目に生きとっても人生には試練が付き物や。しかし、どないな試練に会おうとも世間を恨んだらアカンぞ」

 「何度も言うが、人生の成功はカネや権力、名声でない。ワシが言うんやから間違いない(笑)。…それ以上に値打ちがあるものとは何ぞや『忘我利他』…この言葉は比叡山の山田座主から教えられたもんやが、まさに人生は忘我利他の境地にどれくらい近づけるか、その為の修行道場や。しかも、この道場はたとえ失敗しても七転び八起き、健全なる勤労精神がある限り、何度でも再起できる道場や」

 「佐川発展の秘訣は何ですか?ってよう聞かれるんやが、ワシはいつも『社員同士のライバル意識と連帯感』と答えるんや。つまり、社員ひとりひとりに、どれくらい相手の魂を揺さぶる情熱があるか、それこそが会社発展の最大の要因や。常に戦いの場に身を置いて毎日を熱く生きる社員が10人もおってみい、どんな小さい会社でもじきに大きうなるもんや」

 「それとトップたる者に不可欠なものは直観力や。なんぼ理屈が合うとっても、アカン時はアカン。一寸先は闇、それが人生や。その闇を見透かすための“道具”が直観力や。これを粗末にしたら、どんな大きい船でも必ずどこかで座礁、沈没する。エエか、他人から、そんな理屈に合わんことしたらあきまへんと言われても、己の直感がゴーサイン出しとったら、トコトン、それこそトコトン勝負したらエエんや」

 まるで、“佐川塾”の授業です。それもマンツーマンの講義です。佐川急便の社員ですら、こんな贅沢な講義は受けていないはずです。

 「不正の誘惑に屈せず、常に義を貫いてこそ新しい道が開ける。今日はこの言葉で終わりにしょうか。唾を飛ばし過ぎて疲れてしもうたから寝るわ。また来月おいでや」

 これが佐川会長との最後の会話でした。

 「人生は義理と人情と浪花節」裸一貫で身を起こし、今日の佐川急便を作った「一代の快男児」の“遺言”ともいうべき話の数々は、今も昨日のことのように思い出されます。

 2002年3月11日、入院中だった京都市内の病院で死去。享年79歳。合掌。(了)【裕】








 

2016年5月17日配信<週刊0510archives>「人生は義理と人情と浪花節!!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出」Α禊鷙董

佐川急便・佐川清会長 
“祇園の夜”に似つかわしくない質問にも嫌な顔ひとつ見せず、時に笑顔を見せる佐川会長の口からは、南禅寺の自宅客間での会話とは、ひと味もふた味も違った迫力ある言葉が間断なく飛んできました。

──企業人としての会長の経営哲学を聞かせてください。

 「常に汗みどろの人生を送ってきたワシにはそんな大それたもんはないが、幹部連中にはいつも『企業の存在価値は社会や社員の秘めたる夢の実現に最大限貢献すること』と言うてきたつもりや。3万5000人の社員全員に、この考えが浸透しているとは言えんが、経営者たるもの、常に社会と社員のことを考えて行動せんと、会社なんてアッと言う間に潰れてしまうぞ」

 「人と出会い、人と交わり、人と育つのが人生だ。その短い人生で縁あって出会った人間が何人いるか、それも損得抜きの付き合いができる仲間や部下が何人いるか。そんな彼らこそが会社にとって最大の財産なんや。とにかく、人に出会うことで仕事が生まれ、人と出会うことで事業が発展する。これこそがワシが身体で覚えた経営哲学やな」

 「とにかく夢を持って、夢を追いかけ、そして夢を実現する。そうした気概を持ち続けとったら、必ず幸運に巡り会える。『継続は力なり』や。夢は持ち続けておかんと逃げてしまう。中途半端はイカン。そのためには素の自分をさらすこっちゃ。そしたら相手もそれに応えてくれるもんや。そして、夢を実現したら仲間同士で分かち合う。自分ばっかりエエ思いしとったら、幸運は長続きせん。『人も良し、我もまた良し』。これでこそ人世やないか。そう思わんか?」

 かすれた声ながら、ズシンと心に響く言葉の連続にメモを取る手も止まりがちです。

 「カネというのは、オモロイ性格を持っとるもんや。執着すれば逃げて行くし、自在に操れば“良き召使い”になり、働かせば友達を仰山連れて戻ってくる。なかには碌でもない友人も居るけどな(笑)。ウチの幹部にはカネの奴隷になっとるドアホも居るが、そんな奴は経営者にもなれんし、悪戦身に付かずで、精神が堕落する。カネは人を測る“物差し”であり、またカネの使い方はその人間を見極める最高の“物差し”とワシは思うとる」

 「組織の大小にかかわらず、トップに立つ者は、常に飢え、常に戦い続け、常に迷いなく決断せないかんもんや。そのためには、あらゆる苦難や逆風を五感で感じられるように自分を鍛錬せなあかん。人生は一度限りや。攻めて、攻めて、攻めまくるこっちゃ。それでもギリギリの立場に追い込まれたら、その時は運を天に任せたらエエんや。世間にはワシのことをワンマン、独裁者や言うて鬼畜生みたいに言う奴も居るけど、トップたる者、ワンマンでなけりゃあ、会社なんていう船は、すぐに難破船になるんや。…『苦中に楽あり、楽中に苦あり』…無事に港に船が着くまでは船長は鬼でなければアカンのや。そして晴れて港に着いたら甲板員から機関員まで、みんなで美味い酒を飲む。これが男の最高の生き方やないか」

 佐川節は絶好調。しかし、あまりの長居は身体に障るのでは?…そう思いながら、「会長、そろそろ〜」と切り出そうとした時を見計らったように……。

 「この話の続きは、今度にするとして、オイ!一曲歌うて帰ろうや。バタやんの『帰り船』を一緒に歌おうやないか」

 ♪♪波の背の背に 揺られて揺れて 月の潮路の帰り船♪♪

 一番を佐川会長が、二番を小生が、そして三番をデュエットで歌いました。
 声といい、節回しといい、なかなかのものです。
 懐かしい思い出です。(続く)【裕】












 

2016年5月10日配信≪週刊0510archive≫「人生は義理と人情と浪花節!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出」

佐川急便・佐川清会長
 涼しい顔で日本皇民党への株券譲渡を語ったと思えば、無邪気な顔でモグラ退治のコツを語る。…佐川節は今日も絶好調です。まだまだ聞きたいことは山ほどあるのですが、間もなく約束の2時間になりました。

──そろそろ、失礼したいと思いますが。

 「何や、もう帰るんか?まだエエやないか。今日は調子がエエから祇園へでも行くか?話の続きはそこでしようやないか」

 頻りに咳き込む会長の体調も気掛かりだったのですが、強い誘いに根負け。場所を祇園のお座敷に移してインタビューすることになりました。
 
 玄関をくぐった会長、下足番のお爺さんに「世話になるぞ。これとっとけや」と“ン万円”をポン。次いで、座敷に向かう廊下で女将に「これ、お運びさんにあげてや。何人おんねん」と一人当たり“ン万円”ずつの心付けを渡しました。
 聞きしに勝る“豪快な散財”にポカンとしている私に、

 「あのなあ、心付けちゅうのは、下に厚く、上に薄くが鉄則やぞ。芸妓や舞妓には高い花代を出しとるんやから要らんがな」

──???

 「ワシかて、ひとりでこんな座敷に来ることは滅多にない。そんなカネがあったらドライバーと焼き肉食うた方がなんぼかエエがな」

──つまり、接待の時だけこういう座敷を使うということですか?

 「そうや。接待ちゅうのは、相手を真心込めてもてなすことや。それを勘違いして自分が気持良うなっとるアホがおるが、そんなカネの遣い方はアカン。死に金や。玄関は最初に入る場所であり、最後に出る場所や。大事な客人に最初と最後に気持良うなって貰うためには、(下足番の)爺さんを大事にしとかな。先に他の座敷の客の靴を手にしていても、佐川の客の姿が見えたら、持っとる靴を放っぽり出して、ワシらの履物を揃えてくれるがな。あんたが下足番だったら、どないする?」

──もし自分が下足番だったら…(十分に納得です)。

 「別に、こんな高い座敷でのうても同じや。例えば、うどん屋に入ったとしょうか。客人が天麩羅うどんを注文したら、自分はそれよりワンランク、ツーランク落としてキツネか月見にするんや。それを客人と同じ物を頼んでみい、相手は全然、気持エエことあらへんがな。そうやろ。そんな奴は、接待に名を借りて“公金”でうどんを喰うとるのと同じや。今の佐川の役員は、そんな奴ばっかりや。だからワシは、佐川急便に明日はない!って言うんやが、アイツらは現場のドライバーのことを一顧だにせず、自分の懐を肥やすことばかりに夢中になっとるんやからホンマ、守銭奴の集団や。九州の支社長なんか、どないしてカネを抜いたのか分からんが、博多を中心に何軒も焼肉屋を経営しとるちゅうんやから。また北海道の支社長は、札幌に居らないかんのに、しょっちゅう上京、何をしとるかというと、昼はヤクザとゴルフ、夜は銀座か雀荘なんやから、なにをかいわんや。どいつもこいつもアホばっかりや(怒)」

──そういえば北陸支社では、車のトランクから二重帳簿が出てくるという事件もありました。

 「北陸だけやない。大阪支社でもややこしい事件があったし、中国支社にも問題が一杯あった。そういえば四国にも妙な事件があったな。どの事件も、すべてドライバーを大事にせんことに端を発しとるんやが、それを突っつかれたら首が飛ぶから、幹部連中は責任をドライバーになすりつけて、自己保身に汲々としとる。そら、ドライバーは恨むわな。しかし、ワシに上がってくる報告は、ドライバーが一方的に悪いという“ウソ”ばっかりや。そやから、“佐川急便残酷物語”とか“佐川奴隷運送”とかいう怪体な本が、仰山出てくるんや」

──古い話ですが、その手の本に書かれた事をもとに脱税容疑を掛けられたことがありましたね。

 「よう知っとるな。そうよ、きっちり調べられたわ。しかし、ナンボ探しても“タマリ”なんかあらへんがな。結局は脱税なしということで、国税の職員も『世間では佐川さんがガッチリとカネを隠しとると言うてますが、ホンマに持ってへんのですなあ』言うて拍子抜けして帰ったがな。ワシは小細工して貯めたりせんのよ。カネは貯めるもんでのうて、遣うもんや。まあ、その分、先に逝った家内が苦労したけどなあ。実際問題、毎月末になると嫁はんに『おい、カネあるか?』言うて貰うてたぐらいやからな。この家かて、世間では“南禅寺の豪邸”や言うとるようやけど、何が豪邸や。古い家やから冬になるとスキマ風が入ってきて寒いし、庭の手入れかて1年間で何百万も掛かるんやから、それこそ小奇麗なマンションにでも入った方が、ずっと“豪邸暮らし”やぞ。壊すにはもったいない由緒ある屋敷やから、文化財を保護するつもりで買うてくれ言うから買うただけやのに…ホンマに世間ちゅうのはオトロしいもんや(笑)」(続く)【裕】







 

2016年4月27日配信「阿修羅になったヤス」<寄稿>

私が顧問弁護士小山雅男の遺産横領事件チラシ(添付)のチラシを東京の裁判所前で配り、また東京本社、入居会社郵便受けにポスティングした効果が出たのでしょうか。あるいは、小山弁護士だけでは足りないと思ったのか、彼を中国塗料顧問弁護士としては不適と判断したのかわかりませんが。これから西川元啓(にしかわもとよし)という、これだけ立派な社外取締役が私を相手にしてくれるのか思えば、武者震いがします。

 平成28年3月25日 発表

中 国 塗 料 株 式 会 社 代表者名 代表取締役社長 植 竹 正 隆

【ご参考】新任取締役候補および監査役候補ならびに補欠監査役候補の略歴

  取締役 氏名 西川元啓(にしかわもとよし)(現弁護士、オリンパス株式会社社外取締役)

l  昭和2111日生

l  略歴

昭和43年4月   八幡製鐵株式会社(現新日鐵住金株式会社)入社

平成9年6月    同社取締役

平成13年4 月   同社常務取締役

平成15年6月   同社常任顧問(チーフリーガルカウンセル)

平成19年7月   同社顧問

平成21年6月   株式会社日鉄エレックス(現日鉄住金テックスエンジ株式会社)監査役

平成22年4月   NKSJホールディングス株式会社(現損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会

社)社外監査役

平成23年7月   弁護士登録  野村綜合法律事務所客員弁護士(現在)

平成24年4月   オリンパス株式会社社外取締役(現在)

以上

     阿修羅になったヤス

     日本の民事裁判を考える会

    事務局 原 敏恭

    E-Mail  hon-ashura@do.enjoy.ne.jp

中国塗料顧問弁護士小山雅男が行った遺産横領事件。中国塗料の恥です。
 
中国塗料顧問弁護士小山雅男には平成5年1月退社以来、今も中国塗料との裁判で彼のウソに振りまわされています。
平成13年1月26日、妻の従兄弟から、「伯母の自筆遺言書が無効とされ、弁護士が証人、遺言執行人になり、赤の他人に、すべての遺産を遺贈するとした、叔母さんの署名、押印もない遺言公正証書により、現金預金1837万円余が下された、どうにかならないか。」という電話がありました。ファックスさせたら、遺言公正証書の証人・遺言執行人になっていたのが中国塗料の顧問弁護士小山雅男弁護士でした。小山弁護士に下した現金を戻さなかったら、遺産横領で「訴えるぞ!」という書状を送ったら、3日後に現金を戻してきました。
その後、自筆遺言書どおりの処理をさせ、広島弁護士会に小山弁護士の行為は、弁護士倫理に劣り、遺言公正証書の権威を失墜させるもので、懲戒処分に相当するから、しかるべき処分を行うよう訴えました。しかし、広島弁護士会、綱紀委員会は、私が提出した証拠類を無視し、小山弁護士の、自筆遺言書は、内容において趣旨不明、日付もなく、印影も欠如していたので、無効だと考えたいう答弁を受け入れ、懲戒処分に該当しないとしました。納得できず、日弁連に、自筆遺言書どおりの遺産分割が行われ、趣旨不明ではない。また提出した自筆遺言書の封筒表にも、遺言書本文末尾にも明確に日付、署名捺印があり、印影も二ヶ所ともはっきりしていると異義申立てを行なったが日弁連懲戒委員会は、広島弁護士会の判断どおり懲戒にあたらない。と却下しました。弁護士がこんなことをやっても、懲戒に当らないとする弁護士会、日弁連でよいのでしょうか。プロの弁護士たちの「懲戒委員会」は、小山雅男弁護士が行った違法はよくわかっているはずです。しかし小山弁護士の言い訳を受け入れ、小山弁護士への処分は行いませんでした。
ここまでやって、弁護士懲戒委員会が仲間救済委員会であることを知りました。
雑誌「ダカーポ」四九八号の「訴えてやる。勝ってなんぼの裁判&法律入門」特集号25頁「不正弁護士、裁判官が続々。人生やっぱり金ですか?」に弁護士会、日弁連の懲戒委員会の名称を「仲間救済委員会」とでも変えたらという私のコメントが載りました。 広島には100軒以上の弁護士事務所がありますが、妻の親戚の遺産が横領されそうになった事件の弁護士と私が戦い続けている中国塗料の顧問弁護士が同一だったことには本当に驚きました。
裁判所前で平成13年3月からチラシを配り、本を売ることで裁判官だけでなく弁護士先生に対する苦情をよく聞きます。弁護士会、日弁連がこのような状況では、悪の弁護士が増えることを止められないでしょう。著作権確認訴訟大阪地裁、第2回口頭弁論で、この事件の顛末を書いた「準備書面(2)小山雅男弁護士の人格について」を提出し、法廷で趣旨説明をしました。趣旨説明のあいだ小山弁護士は黙って下を向き一言も反論しませんでした。裁判官は事件に関係ないと採用しませんでした。この事件は今までパネル板に載せていました。これからはチラシでも配ることにしました。
 


 


2016年4月26日配信≪週刊0510archive≫「人生は義理と人情と浪花節!――佐川急便創業者・佐川清会長の思い出」

佐川急便・佐川清会長 
  先に逝った盟友を偲ぶような目で、そして時に目を潤ませながら、「田中角栄」を語る佐川会長の表情は、実に穏やかでした。
 1922年生まれの佐川会長に対して、田中元総理は1918年生まれ。会長にとっては4歳違いの“兄”。ともに叩き上げという共通項を蝶番に、雪深い越後の国を故郷に持った“ふたりの英雄”の銭湯での邂逅は、まさに天の配剤、天の持つ磁力の為せるワザだったのかも知れません。
 同志であるとともに、同時に師であり、また好敵手であった「角さん」について、さらに佐川会長の思い出話は続きます。

──田中元総理は会長の目から見てどんな人物でしたか。

 「そうやな。ひと言でいえば、すべての面でお手本になる男だったな。不断の努力、人一倍の優しさ、そして何より時代の先を見通した鋭い感性。どれをとっても1級の大人物だったな。船舶振興会の笹川(一郎会長)はんも傑出した人物だったが、ワシにとってはやはり角さんが一番だな」

──中国へ佐川急便の中古トラックを“寄付”したのは、日中国交回復に尽力した田中元総理の勧めですか。

 「そうだ。外交のことはよう分からんが、『あれだけの大きな国や。今に日本を凌ぐ世界の大国になる。長い間、睨み合ってきた両国だが、お互い人間や。時間をかけて話せば分かるし、手を携えなければならない時が必ずくる』というのが角さんの口癖だった。ほんなら中古で良ければウチのトラックを送りまひょかということで、翌年から寄付を始めたんや。そやそや、(会長の後ろに掛かった書を見上げながら)あれが1回目にトラックを100台かな、送った時に中国の偉い人が送ってくれた書や」

──他に田中元総理のことで思い出すことは?

 「そうやな。今でもはっきりと覚えとるが、『ワシは人間は利用されるうちが花やと思うとる。人助けこそがワシの務めや』という言葉にはシビれたなあ」

 (佐川会長の豪快な“タニマチ”ぶりは、ひょっとして田中元総理のこの言葉にあったのでは?)

 「男が惚れる男、それが角さんや。角さんの前に角さんなし、角さんの後に角さんなし。今の政治家に角さんを凌ぐ政治家はおらん。どいつもこいつもチマチマ、コソコソする奴ばっかりで国の将来を考えとる政治家はおらん。54歳(72年)と言う若さで総理大臣になった“越後の今太閤”にワシは心底、惚れてしもうたんや。ワシが角さんにいくら献金しようが、そのカネはやがて形を変えて世のため、人のためになるんやから、それはそれでエエのんと違うか。それが、なんや!…真に国家を思う政治家を、しかも散々世話になった竹下や金丸は裏切りやがって!…あいつらの裏切りで角さんはダウン(85年に脳梗塞で倒れる)、引導を渡された(93年に政界を引退)んや。こんな非道は断じて許せんのや、ワシは」

──それが、あの日本皇民党の「褒め殺し事件」に繋がるわけですか?一部には会長があの事件を指図したという声もありますが…。

 「指図したわけではないが、皇民党に“エール”を贈ったのは確かや。それが人の道やないか。皇民党には昔、京都府警絡みの一件でちょっとした縁があったんやが、ひょっとしたらワシの意を汲んで、代わりに竹下に天誅を下してくれたんかもしれんがな(笑)。まあ、それが結果的に、東京佐川急便事件の“原因”になるんだが…」

──ところで、会長が保有していた佐川急便の株式を全株、皇民党に譲渡した?という話があるのですが、本当ですか?

 「ホンマや。それがどうしたんや?彼らには諸々世話になったからなあ。当たり前やないか。昔なら、それなりのこともできたんやが、今は手元不如意やし…それに、彼らは昔からカネは受け取らんから、株券にしたんや。一時は持株比率で15%ぐらいあったけど、その後の増資で大分下がってしもうたがなあ。裸で生まれてきたんやから、冥土へ行く時も裸でエエやないか(笑)」

 (きわどい質問ゆえに、内心恐る恐る聞いたのに、あっさりと肯定。それがどうした?と涼しい顔で返されては、さすがに二の句が継げないままに、話題を変えて…)

──ところで、庭で放し飼いにされている鶴は幾らぐらいするのですか?

 「ああ、あれか。番いがふた組で50万円ぐらいかな。羽を切ってあるんで飛ばんがな。あれを狙うて、夜中にモグラが来よるんや。それで、今晩は徹夜で張り番をして、これで(おもちゃのゴム銃)モグラを撃ってやろうと思うてな(笑)。どや、お前もひと晩ぐらい付き合わんか」(続く)【裕】








 


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