2020年1月18日配信「週刊0510の特選レース」<週間レース社提供>



- 2020.01.15 Wednesday
- ミニ情報
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- by polestar0510




帰命頂礼地蔵尊
此れは此の世のことならず 死出の山路の裾野なる
賽の河原の物語 聞くにつけても哀れなり
残せし着物見ては泣き 手遊び見ては思い出し 健全な子供を見るにつけ
なぜに我が子は死んだかと 嘆き悲しむ哀れさよ
哀れなる哉幼児が 立ち回るにも拝むにも
父恋し母恋し 恋し恋しと泣く声は 此の世の声とは事変わり
恋しさ哀れさ骨も身も 砕けて通る許りなり
二つや三つや四つ五つ 十にも足らぬみどり子が
数も限りも荒砂の 西院の河原に集まりて
小石小石を持ち運び これにて回向の塔を組む
一重積んでは父のため 二重積んでは母さまと
さも幼けなる手を合わし 礼拝回向ぞ賢らしや
三重積んではふるさとの 兄弟我が身と回向して
昼は一人で遊べども 陽も入り合いのその頃に
地獄の鬼が現れて やれ汝らは何をする
娑婆と思いて甘えるか ここは冥土の旅なるぞ
娑婆に残りし父母は 追善供養いたせども
ただ明け暮れの嘆きには 酷や悲しや不憫やと
親の嘆きは汝らが 苦串を受くる種となる
汝ら罪なく思うかや
母の乳房が出なければ 泣く泣く眠りなす時は 八方地獄に響くなり
また父上が抱くとき 母を離れず泣く声は 天地奈落へ響くなり
娑婆に残りし父母は 追善作善の勤めなく
ただ明け暮れの嘆きには むごや悲しや不憫やと
親の嘆きは汝らが 苦言を受くる種となる
我を恨むこと勿れと 黒鉄の棒を差しのべて 積みたる塔を押し崩す
その時能化の地蔵尊 ゆるぎ出でさせ給いつつ
田畑多く持つとても 冥土の資に成るものか
妻子䄅属ありとても 死出の山路は伴わず
そもそも此の世の縁つきて 命終りしその時に
魂魄中有に入りぬれば 限りも知れぬ暗き道
唯うろうろと当て所なく 孤り行くこそ哀れなる
峰の風の吹くときは 父が呼びしと起き上がり
水の流れを聞くときは 母が呼ぶかと馳せ下り 辺りを見れど母もなし
父を呼べども父も来ず 母を呼べども母とても
知らぬが死出の山路なり 此の苦しみは如何にせん
こけつ転びつ憧れて 逢いたや見たや恋しやと もだえ嘆くぞ哀れなり
汝ら命短くて 冥土の旅に来たるなり 娑婆は冥土と程遠し
われは冥土の父母と 思うて明け暮れ頼めよと……。

謹賀新年
12月31日、大みそか、広島、名曲喫茶“ムシカ”のベートーベン、交響曲第9“合唱付”のレコードコンサートに夕刻から出向きました。
名曲喫茶“ムシカ”は戦後の昭和21年12月31日の大みそかに、ベートーベン、交響曲第9“合唱付”のレコードコンサートを行って以来、
毎年、大みそかには、第9“合唱付” レコードコンサートを行ってきました。
私は、“ムシカ”には、中学2年のとき、高校1年の姉に連れられて行ってから、
高校卒業までアルバイト料で名曲喫茶“ムシカ”で名曲を聴いていました。
中国塗料に就職してからも暇があれば名曲喫茶“ムシカ”に出向き、音楽を聞いていました。
名曲喫茶“ムシカ”は、最初は、広島駅近くの猿猴橋にありました。
の後、中心地の三越デパートの近くに移り、その後、郊外佐伯町の山奥に、
そして現在の広島駅、マツダ球場の近くにと移転を繰り返しながら営業を続けてきましたが、
息子さんも高齢になり、今年3月で閉店することになり、今年の第9レコードコンサートが最後になりました。
広島の文化の一つが、消えるので、大みそか、5時過ぎ、息子に送ってもらい最後のレコードコンサートに出向きました。
広島地元のテレビ局のカメラも4台来ていました。
今日、娘から、広島テレビの4時から名曲喫茶“ムシカ”第9コンサートの放映があり、
私が座って第9を聞いている姿が映っていたと、電話がありました。
どんな姿で映っていたか知りませんが、前の方の椅子に座っていたので、映ったのでしょう。
私の姿か放映されたことは、ありがたいことです。
今年の正月は、息子、娘夫婦、孫夫婦とその子(曾孫、1歳8カ月)が来て賑やかな正月でした。
まさか、曾孫にあうまで長生きするとは思いもしませんでした。
曾孫は、私のよく目もありますか、非常に美形で、可愛い、愛嬌豊かな子です。
孫も夫婦でよく、曾孫を連れて、食事に来て、楽しませてもらっています。
13日から入院し、交通事故での右肩腱板断裂の手術を受け、6週間入院します。
事故後、右肩の痛みに苦しみ、いろいろなところで治療を受けましたが、一向に良くならず、
ようやく手術してくれる医師に出会い、手術することになりました。
事故後、夜間痛で2時間も眠れない状態が今も続き、悩んでいました。
手術で治る確率は80%とのことですが、手術を決断しました。
ただ、40年以上も糖尿病と付き合い、糖尿病末期の合併症でじん臓もくたびれているので、
手術は非常に難しいとのことですが、治療を受けている先生たちのバックアップも完全で治ると信じて手術を受けます。
以下、本年、皆さんにお送りした年賀です。
なかなか、本文が書けず、遅くなりました。読んでいただければ、幸いです。
恭賀新年 旧年中のご厚情 厚く御礼申し上げます。
本年も変わらぬ御交誼のほどお願い申し上げます。
本年二月二十三日八十二歳。誕生日が天皇誕生日になりました。
二月二十三日は富士山の日です。めでたさが重なった誕生日です。
結婚五十六年、金婚式もはるかになりました。
現実は、平成五年一月末、五十五歳を前に降りかかった民事裁判で、
日本の民事裁判(官)は、法や正義を守るために存在するのではなく、
強い、大きいものを勝たすために存在する。
法も正義も守らない、日本の正義を破壊しているということを思い知らされました。
平成五年以来続く民事裁判のため、
マンションを4650万円で、ゴルフ会員権を1350万円で売り、
退職金2100万円、蓄え(相当の株式)もすべて使いました。
78歳の妻は、今も健康に働き、私を支えてくれています。
離婚もせず毎日を大事に生きています。
負けても、負けても裁判をやり続けられるヤスは幸運です。
家族ばかりでなく、多くの方々のご支援のおかげと。深く感謝しています。
これでもか、これでもかと、反吐が出そうな堕落した判決から、世の中で一番のワルは、民事裁判官だと悟りました。
人は、ヤスさんは、裁判所からマークされているから、勝てないと言われています。
大バカなヤスでも、わかっています。
中国塗料との業務委託、著作権確認裁判は、判決主文は却下だが判決理由は、私が勝っています。
済生会千里病院5万円窃盗事件は手術室カメラ映像を変造し、窃盗犯を守った判決でした。
東京からの帰途、相生市での右折信号無視裁判で、物損加害者100%示談は、
息子と加害者が面談した結果などというデッチアゲ判決でした。
菩提寺不動院(国宝)、墓の戒名は、“阿修羅になったヤスー民事裁判を戦い続けた男”とすることにしました。
令和二年元旦
阿修羅になったヤス
日本の民事裁判を考える会
事務局 原 敏恭
E-Mail hon-ashura@do.enjoy.ne.jp

永田町に咲き乱れるボケ議員とは大違い、可憐に咲いた木瓜の花。
謹 賀 新 年
『世の中は 「こそ」の2文字の置き処
「こそ」で乱れて 「こそ」で収まる』
重ねて明けましておめでとうございま〜す。wanwan!
弊社CEO・勘太郎で〜す。wannwan!
本年のモットーも1に忖度、2に忖度。wanwan!
浅学非才の若輩犬ですが、wanダフルな1年になるよう
編集部一同、粉骨砕身頑張ります。wanwan!
今年もご愛読のほどお願い申し上げます。wanwan!


留寿都村(☚wikipedia)
さながら2000年代前半のITバブル時代の名残り?――国営ITコングロマリットが大株主「500ドットコム」という社名の中国企業の日本法人が、東京地検特捜部の摘発対象となってマスメディアを賑わせている。
同社関係者が、違法に海外から資金を持ち込み、17年当時、北海道のリゾート地・留寿都で進めていたカジノを含む統合型リゾート(IR)の誘致活動に使ったのではないかというもの。これには秋元司代議士の元政策秘書らが関与。外為法違反事件として特捜部の捜査を受けている。
それにしても秋元氏の信じられない脇の甘さである。
カジノといえば、犯罪組織が万が一にも関与してはならないと、米ではゲーミング管理委員会などによって、厳しく監視され参入障壁も高い。
日本もそれに準拠する体制整備が、IRの事業化を前に行なわれている。
そうしたIRを担当する衆議院内閣府の委員長として、それを十分に知っているハズなのに、「500ドットコム」に取り込まれてしまった。
しかも同社は、オンラインカジノ業者ではあってもディーラーが差配する“生”のカジノ運営の経験はない。
さらに、サポート要員として雇った執行役員は、沖縄県日中友好協会事務局長の肩書を持つが、国内外を舞台に投資家をつのるブローカーのような人物で、トラブルも多い。
特捜部が秋元氏に目を付けたのは、後援者の川崎大資被告を、19年7月、企業主導型保育事業の詐欺容疑で逮捕。その政界ルートとして秋元氏が浮上、調べを進めるうちに別件ながら外為法違反事件に行き着いた。
「検察のエース」として内外から期待される森本宏特捜部長は、小躍りして喜んだに違いない。
特捜部は、日産元会長のカルロス・ゴーン被告を逮捕し、久々に「最強の捜査機関」に相応しい存在感を見せつけた。
しかし、まだ課題が残っており、それは中央政界への捜査である。
09年の政治資金団体・陸山会事件は、当時の小沢一郎民主党元代表を狙ったものの果たせず、秘書の逮捕に留まった。
この時、石川知裕代議士を逮捕、起訴したが、小沢氏の秘書時代の罪についてであり、真の意味の政治家逮捕ではない。
というわけで、政治家逮捕は02年の鈴木宗男代議士、03年の坂井隆憲代議士まで遡る。
「バッヂを狙え!」は、特捜部の使命感を伝える合い言葉だが、都合16年以上、その役割を果たしていないことになる。
秋元事務所が絡む外為法違反事件は、そんな状況を払拭することになった。
展開は早い。――特捜部は、12月7日、秋元氏に仕えていた2名の元秘書宅を家宅捜索した。
2人は、11年7月に設立されたコンサルタント会社の代表を務めており、元政策秘書が17年6月に退任すると、元私設秘書が代わって就任した。
秋元氏は記者会見を開き、落選中の設立時から14年まで顧問を務め、顧問料を受け取っていたことは認めたものの、「以降、会社との関わりは一切ない」としている。
だが、否定されても立件できる材料はあるということで、さらに証拠を積み重ねるために、12月19日、江東区の地元事務所や議員会館を家宅捜索した。
容疑の外為法違反は入り口に過ぎない。
あの「ロッキード事件」がそうだったように、外為法違反は政界事件などの入り口に使われることが多い。
その分、奥は深く、今回、検察は官邸に捜査着手の報告はしたが、何のどんな容疑が本線かは伝えていない。
それだけ本気だということだが、IR担当として職務権限はあるだけに、贈収賄事件としての立件が、“本線”になる」(検察OBの弁護士)
「500ドットコム」の中国人代表は、留寿都の前は沖縄IRに関心を示し、17年8月、那覇市でシンポジウムを主催したことがある。
その基調講演を中国人代表とともに行なったのが秋元氏だった。
中国企業がIRという国家プロジェクトに参入するというだけで、日本の司法当局は警戒する。
なのに秋元氏は、国内の通常の陳情を捌くのと同じ気軽さで“相談”に乗ってしまったわけだが、その前からターゲットだったという意味で、特捜部に狙われる要件は、十分に満たしていたのである。【酉】